【マルティナ視点】第10話 ダイコール城☆
ダイコール城での任務。そのために転送石で移動を開始した。転送石での移動は手慣れている。今回も滞りなく移動が完了するはずだった。
しかし転送石での移動の最中、驚いたのか異世界者がこちらの体から手を離そうとした。転送中に手を離してしまっては放り出されてしまう。咄嗟に異世界者を掴もうと体を捻じり、その直後転送が完了した。
結果、体勢を崩した私は異世界者の顔面に尻を乗っける形で転送地点に着地する。
「ひ……きゃあああ!」
慌てて異世界者から離れる。クソ。何たる醜態だ。異世界者の表情がイヤらしく笑う。私は顔を真っ赤にして怒りを押し殺した。
転送の仕組みを詳しく説明していなかった自分にも非がある。転送石の移動が初めてなら驚きもするだろう。これは異世界者にとっても不可抗力だ。異世界者の下卑た表情は気に入らないが、それを責めるのは道理に反している。
「と、とにかく、ダイコール城に到着したようですね」
我ながら露骨に誤魔化して話を進める。
「ダイコール城を占拠している魔王は王城を拠点にしていると聞いています。ただし王城へは城下町を抜けていく必要があり、そこには多数のモンスターが確認されています。それでは行きましょう。すぐに行きましょう」
さっさと任務を終わらせて異世界者から離れたい。その一心で私はダイコール城の門へと早足で進んだ。後からヘラヘラした異世界者が付いてくる。モンスターが占拠する戦地に赴くというのに緊張感の欠片もない。
門前で軽い雑談を交わして――何やら食堂があるとか大魔王から逃げられないとか訳わからないことをほざいていた――城下町へと入る。ここからはいつモンスターに襲われるか分からない。気を引き締めなければ。
「そういえばマルティナっていくつなの?」
異世界者からの唐突な問い。神経を張っていただけに私はその頓珍漢な言葉に驚く。
「年齢ですか? 十六歳になりますが」
「へえ、じゃあ同い年だ。マルティナは学校とか通ってないの?」
何だコイツは? この瞬間にもモンスターが現れるかも分からないのに、どうしてそんなどうでもいい話をしているんだ。私は内心苛つきながらも異世界者の問いに答える。
「え、ええ。以前も少しお話ししましたが、学校に通えるのは裕福な貴族だけです。私は十二歳の頃に騎士の入隊試験を受け、以降騎士として国に従事してきました」
「マルティナってお姫様なんでしょ。ダイコール城を奪還したら、またこの国のお姫様とかになるつもりなの?」
「い、いえ。私はもう騎士団員ですから。この国に戻るつもりはありません」
「そっか。ちょっともったいないな。マルティナって好きな食べ物とかあるの?」
「食べ物ですか……えっと、そうですね。ポポ鶏の焼肉とかは好きです」
「ポポ鶏……へえ食べてみたいな」
「で、では今度、私の勤めている街、エンドールにある食堂にご案内しますね」
モンスターに襲われてもチート能力で簡単に撃退できる。異世界者の余裕はその自信に裏付けられたモノなのだろうか。意識するだけで対象を破壊する。確かに異世界者のチートは強力だ。緊張感がなくなるのも仕方ないのかも知れない。
だがそれでも苛立ちが治まらない。異世界の人間はモンスターに苦しめられている。故郷を占拠され住む場所を追われた者。大切な家族を殺された者。自らの命を奪われた者。そういった人々の苦悩を背負い、私たち騎士団はモンスターと日々戦っている。
それなのに異世界者の態度は何だ。自分だけが安全圏にいることを良いことに、そのような人々の苦悩を分かろうとしない。気付くことさえない。もしそのような人々に少しでも寄り添う気持ちがあるのなら、この世界の住民を侮辱するような、こんな不真面目な態度など取れないだろう。
チートが役立つなら利用する。それが騎士団の方針だ。だが個人的な考えを言わせてもらうなら、やはり異世界者の力を借りるのは癪だ。こんな他所者に世界の命運を任せるのは気に食わない。世界の救世主。そんな人間がいるとするなら、こんな無責任な異世界者ではなく、これまで死に物狂いでこの世界を生き抜いてきた私たちであるべきだろう。
「止まってください」
内心の愚痴は表には出さず、私は異世界者にそう鋭く告げた。モンスターの気配を感じたのだ。二呼吸の間を空けて建物の陰からモンスターが現れる。
「ダイコール城を拠点とするモンスターはさほど強力ではありません。しかし決して油断はできません。モンスターとの戦闘に慣れている私がまず先頭に立ちます。ツル様は後衛から支援を――」
ここで異世界者がおもむろに右手を伸ばして、ぎゅっと手を握りしめた。直後、複数体のモンスターがバラバラに四散する。唖然とする私に異世界者がほくそ笑みを浮かべた。
「後衛から――何?」
異世界者の皮肉に思わず舌を鳴らしそうになる。だがとりあえずここは異世界者のご機嫌でも取っておくのが無難だろう。
「す、すごいです! 複数体のモンスターをまとめて攻撃することもできるんですね」
「ん……ま、まあね」
「ツル様がいればモンスターなど怖くありませんね。さあどんどん先に進みましょう」
魔王がいるはずの王城。そちらへと歩きながら思案する。なるほど。コイツのチートは複数体を同時に始末できるのか。便利であり危険な能力だ。仮に異世界者が全人類を認識できたとすれば、彼はチートで全人類を一瞬にして死滅させることができる。いざという時のために異世界者を殺す方法を早めに知っておく必要がありそうだ。
それからもモンスターが何度か姿を現した。だがその度に、異世界者がチートによりモンスターを退治する。この調子なら魔王を倒すことも問題ないだろう。気に入らないことは多々あるも、異世界者のチートが有用であることは認めなければならないようだ。そしてようやく私たちは王城の前に辿り着いた。
「それで魔王はどこにいるんだろ。あの城の中かな?」
相変わらず気の抜けた異世界者の問い。私は嘆息したい気持ちを堪えて答える。
「そのはずです。しかし情報によればその魔王はとても好戦的な性格のようです。私たちが縄張りに侵入していることはすでに気付いているでしょうし、もしかすると――」
ここで気配を感じて私は上空を見上げた。
「やはり――現れたようですよ、ツル様」
上空に浮かんだ一人の初老男性。肩まで伸びた白髪に精悍な顔つき。一見して分かる豪勢なマント。胸元に輝いている金色のペンダント。事前に聞いていた通りの姿だ。ついに目の前に現れた魔王に私は気を引き締める。
「……あれ? えっと……魔王はどこ?」
異世界者が首を傾げる。私は困惑しながらも彼の問いに答える。
「どこって……上空にいるじゃないですか」
「上空って……なんかおじいちゃんが浮いているだけだけど?」
「だからその人がそうです」
「……え? じゃああの人が?」
私はここで失態を悟る。異世界者はこの世界の初心者だった。以前対峙したドラゴンをモンスターの典型だと異世界者が認識していたのなら、人の姿をした魔王に驚いても無理はない。私は「はい」と頷いて事実だけを簡潔に説明する。
「あれがモンスターであり魔王――十年前までダイコール王国の王を務めていたダイコール四世です」
予想通り、異世界者が表情を驚愕させた。