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「わたくしは欠陥品です。誰かに不用意に触れることもできません。ですので、わたくしはこちらに来て、死んだことにでもしてくだされば、“王家の姫を娶った”という事実はできますので伯爵家としても名目が立つかと。わたくしが辺境の水があわなかった、とそれだけのことです。英雄様には後妻、という形になってしまうのは大変心苦しいですが・・・」


予想外すぎる言葉に三兄弟は、とっさに言葉を返せなかった。


「とてもよい案だと思いませんか。わたくしを王家へ突き返せばそれはすなわち王家への反逆とみなされかねません。けれど、わたくしがこちらへきた以上は、きちんと責務を果たしたことになります」

「し、しかしそれではリディア様は?」

「わたくし、王家へ返品されるくらいなら死を賜る方がましですわ」


リディアの顔から能面のような笑みがふと消え、紫色の瞳が燃えるような強さを持った。


「わたくしは、二度とあそこへは戻りたくありません。ですので、どうぞ、このご提案が駄目ならば、殺してください。罪状は十分だと認識しておりますわ。なにせ、山ほどの毒物を持ち込んだわけですから、伯爵家を害そうとしたと疑われても何ら申し開きもございません」


いつの間にか戻ってきていた侍女の手が震えていたのをアクセルは見つけた。

恐怖ではなく、憤りからだったと思う。侍女の顔にはあきらかにやるせなさがにじんでいた。

リディアよりも、演技が下手なようだ。


「・・・“死んだことにして”とおっしゃられましたね。生きていた場合は、どうするのですか?あなたは公には亡くなったことになるのですよ?その先どうするおつもりで」

「わたくしは、侍女と他国にでも出奔しますわ」

「なんの後ろ盾もなく?」

「ええ、そんなもの不要ですわ。一平民として生きていければそれでよいのです」

「その美貌で、平民はさすがに無理じゃないか・・・と思いますが」


ナバールがあきれたように言うも、リディアは首をかしげている。


「なぜですか?わたくし、自分のことはほとんど自分でできましてよ。そう育ちましたから。この侍女は友人のようなものです」

「そうではなく・・・あなたのようなか弱い方がその辺に放り出されたら身ぐるみはがれて終わりだということだ。女性一人で、侍女殿もいれれば二人かもしれんが、若い女性が誰の庇護もなく生きていけるほど甘くはない。どこも治安はあまりよくない。たとえ王都であっても同じだ」


ナバールは結局ぶっきらぼうな言い方になったが、リディアを心配してのことだ。

けれどリディアは譲らない。


「そうだとしても私は王家へ戻りたくはありません。もう、自由になりたいのです」

「なぜそこまで?」

「申し訳ありませんが、お話する必要はないと思っていますわ。なので、わたくしが出ていくのを黙って受け入れていただけないなら、伯爵家で“処分”していただくしかありませんわね」


また同じ形にほほ笑んだリディアは、おそらく信用していないのだ。

ドイルもナバールもアクセルも、彼女が助けを求めれば無条件に彼女を助けるつもりはある。婚姻はさておいても、王家が嫌ならここにかくまえばいいだけのことだ。

けれど、彼女自身が助けを求めていない。

出ていくか、死ぬかのどちからしかないと思っている。

手助けを、と声をかけたアクセルに優雅なお辞儀だけを返したマント姿の彼女が思い出された。


アクセルは、突然立ち上がった。誰よりも背が高い彼が立ったことで、全員が驚いた顔をする。

そして、ためらいもせずにリディアに近づくと、その折れそうに細い手をつかんだ。


「・・・っ、は、はなし・・・!」

「平気だろう。一度、触れてもなんともなかった。なぜ嘘をつく?」


ぼそり、とリディアの耳元で彼女だけに聞こえるようにささやけば、リディアは紫の目を見開いた。

一瞬抵抗を忘れたリディアに、アクセルは兄弟に聞こえるようにわざと言った。


「俺は“特異体質”だから、常人と違い毒はほぼ効かない」

「え・・・っ」


リディアがこぼれそうなばかりに大きな瞳でアクセルを見上げた。

恐怖と戸惑いがないまぜになったその表情に、はっとなり、慌てて手を引いた。


「おい!アクセル!いきなり何を・・・」

「ドイル、俺がもらった屋敷ってつかえるのか?」


リディアの代わりに、長兄を見た。


「屋敷?」

「あの、なんかよくわからんがもらった領地のやつ」

「・・・ああ、君が魔竜を倒した手柄に拝領した領地のこと?あそこの屋敷は使えないことはないが、誰も使用人がいないよ。いらないっていうから」

「じゃあ今から手配してくれ。女性も住めるように」

「アクセル?」

「・・・あなたはそこに住むといい。手配が終わるまではこの伯爵家にいればいい。ここにはドイルの妻子もいるし、客室だって十分あるだろう」

「えっ?」

「いいよな、ドイル」

「それは、構わないが・・・」


どういうつもりか、とドイルは問いたいのだろう。

王家とのつながりは嫌だと言っていたから、どうすべきかを彼は考えている。

一方でリディアは明らかに狼狽していた。美しい微笑はもう欠片もない。

けれど、リディアをこのまま放り出すという選択肢はアクセルにはなかった。


「俺の妻だったら屋敷に住んでいても不思議ではない」

「・・・えっと、それは・・・」


困ります、と口の中だけで小さくつぶやいたのが聞こえた。


「名目上のことだけだ。だから安心すればいい」

「いえ、でも、あの、その・・・っ」


泣きそうにリディアの顔が歪んでいる。

親切と受ける気はないらしい。


「あなたは国王から俺に下賜されたんだろう?だったら俺に従ってほしい」

「で、でも!わたくしは、ほんとうに、あの・・・ね、閨などはできません!いくらあなたが毒が効かないといっても、そういう、緊密な・・・あの、触れ合うとどうなるかはわかりませんわ!」


あわあわと必死に言い募るリディアにがっかりする。無表情だから表には出ないが、そんなに信用されないのかと悲しみさえ覚えた。


「そんなつもりはない」

「そんなつもりはないって、だったら・・・」

「じゃあ、ドイル、頼んだ」

「おい、アクセル。どこに行くんだよ!?」

「・・・見回りに」


森の見回りを口実に、アクセルはこれ以上リディアと向き合うことは避けた。

じくじくと胸が痛かった。


◇◇◇


「いったいどうしたらいいの?どうしてこんなことに?!」

「リディアさま・・・だから、やっぱりこの計画は無茶だったんですよ。伯爵家と取引しようだなんて」

「だってそれ以外に方法があるっていうの?」

「・・・それは。・・・でも、よかったじゃないですか。リディアさまのお相手、好戦的で残忍な山男じゃなかったですよ」

「そ、それよ!なんで噂と全く違うの?!もう根底から崩れたじゃない!」


伯爵家の離れに与えられた部屋で、侍女・・・リジーナと二人きりになったリディアはもう取り澄ました口調も表情もすべて取り払っていた。

そこにいるのは18歳のただの少女だ。


「なんで?なんで騎士様が英雄なの?なんであんなところに一人でいたっていうの?」

「まさか本人に、あんな森のはずれで会うとはもはや奇跡ですよね・・・ここから3日かかった場所ですよ」

「言わないで・・・」


とっさに初めまして、と口に出したが、完全に不審な顔をされていた。

しかも、結局ばれた。絶対にばれている。


大きな手のひらにつかまれた感触が思い出されて、リディアは自分の手を見下ろした。リディアの病弱と紙一重の青白い指先とは違う、熱のこもった手だった。


「リディアさま、もうあきらめて素直に助けを求めては?騎士様・・・まあ英雄様と同じ人ですけど、彼のことだいぶ気に入ってたじゃないですか」

「き、気に入ってなんていないわ!」

「そうですか?別れてからも、やれ背が高かった、赤い髪が珍しかった、金がかった緑の瞳が不思議だった、赤くなった顔が可愛かったって散々言ってたじゃないですか。まあその10倍は毒草に詳しいっていうところに食いついてましたけど」

「だってあんなに話が分かってくれる人ほかにいなかったから!もう会わないと思ったし!」

「だからその話が分かる人に素直に頼ってみては?・・・いい人だと思いますよ。愛想はないけど」

「そんな、巻き込めるわけないじゃない。いい人なんだから」

「・・・リディアさま、全部を自分だけでなんとかしようとするのはやっぱり無理なんですよ」


リディアは黙り込んだ。リジーナは、頑固な主人にそっと息を吐く。


「私はリディアさまに安心して暮らしていただきたいです」

「無理よ。巻き込んでしまうわ」

「リディアさま、いまや英雄は王家より強い力を持っているのでは。民衆にも人気があるしきっと・・・」

「無理よ!だって彼も貴族の一員だわ!」


リディアは悲鳴のような声を上げた。


「リジー、私は彼に追い出されなくては。あの様子じゃ放逐もしてくれないし、殺してくれないわ、この伯爵家の方々」

「リディアさま、意地を張らずに相談だけでも・・・」

「もっととんでもない人間だと認識してもらうわ。追い出したくなるくらいに!」


リジーナの助言は無視し、リディアの決意表明がむなしく部屋に響いた。



◇◇

「アクセル様!もう私無理です!」

「私も!もう限界です!」

「・・・!?」


普段は無表情のアクセルを避けて兄たちとばかり話している伯爵家の侍女が、アクセルのところに飛び込んできたので彼は思い切り眉根を寄せた。

それが怖いと思われる原因なのだが、実際はただものすごく驚いているだけである。


「なんだ」

「公女様のことです!もう、もう私怖くて・・・っ!!」

「あの方、食事のたびに、これみよがしに、ど、毒草を曳いて上からかけてるんですよ!」

「それでもって“やっぱりこれがないと刺激がたりないわ”とにっこり微笑むんです!!」

「あんな平然と毒を食べるだなんて魔女に違いありません!」

「いつ毒だというお体で触れられ、罰せられてしまうのか不安で不安で・・・」

「「もうお世話なんて嫌です~~~っっ!」」


ざめざめと泣き崩れる侍女たちにあっけにとられていると、ドイルがやってきた。


「・・・ドイル、これは・・・」

「リディア様の世話が嫌だと嘆願してきたのは、これでうちにいる侍女全員だ」

「なんだって?」

「あの方、大層なお方だよ・・・」


はあ・・・とドイルがため息をつく。

伯爵家の侍女が全員嫌だといったら、連れてきた侍女以外にリディアの世話をする者がいない。

つまり、アクセルの屋敷に連れていく侍女がいないということだ。


「アクセル、お前ちょっと彼女に言ってくれないか。目立つところでは、その、毒草つかうのは控えてほしいって。晩餐の場で目撃したうちの奥さんもかなり怯えていて・・・僕が言うと角が立つし」


ドイルは愛妻家だ。困った顔をする兄に、アクセルは仕方なしにまだ食堂にいるというリディアのもとに向かった。

ほんとうは、信用されていないことがわかっているリディアとは極力顔をあわせないほうがいいと思っていたが、やむをえまい。というか自分が傷つきたくないだけだと気が付いていたため、これは自分のせいではないと言い訳しなければ足を向けられなかったのだ。


「食事中すまない」

「・・・っごほっ!」


この1週間ろくに顔を見せなかったアクセルがいきなり出てきたので、リディアは驚いたらしい。

紫色の瞳を見開いで、大げさにむせ返った。


「リディアさま!」


あわててリジーナが水を渡す。細い体でごほごほとせき込むリディアに、アクセルは固まるしかなかった。


(そ、そんなに俺の顔を見るのが嫌だったか・・・?)


「・・・っ、し、失礼いたしました。英雄様。ちょっと驚いたもので、ええ・・・申し訳ございません」


ナプキンを上品に口に当てながら、リディアは涙目ながらもにっこりとほほ笑んだ。


「何か御用でございましょうか?」

「用がなければ話しかけてはいけないということか・・・」

「え?」


アクセルが地の底まで沈みそうな超低音でがっかりとつぶやいた言葉はリディアには聞こえなかったらしい。

それはよかったのだが、気分は落ち込んだままだ。


「英雄様?」

「・・・名前で呼んでもらえないか」


こてん、と首をかしげるリディアを見つめ、ふとそんな言葉が出た。今度はリディアに聞こえたらしい。彼女はぱっとうろたえた表情になった。


「えっ、名前で?!」

「・・・嫌ならいいんだ」

「い、嫌というわけではなく」

「いや、いい。俺の用はあなたの侍女についてだ」

「リジーナですか?」


ちら、と隣にいる侍女をリディアが見上げる。


(リジーナ、リジーか、なるほど)


アクセルがそう一人で納得していると、リディアもはっと気まずそうな顔をした。

今日まで侍女の名前を隠していたのに、うっかり自分で言ってしまったことに気が付いたらしい。

しかし、すぐににっこりと微笑みの仮面を張り付けた。


「彼女がなにか?」

「いや、あなたの連れてきた侍女ではなく、うちの侍女の話だ」

「ああ・・・さきほど涙目で逃げ出されていきましたわね」


してやったり、的な笑みを浮かべたリディアに、アクセルは頭を垂れた。


「えっ?!」

「あれでも、普段はしっかりと仕事をする人間なんだ。使えるべき主から逃げ出すような非礼をしてしまって申し訳ない」

「え、い、いえ、あの、むしろ・・・わたくしが責められるべきでは・・・?!」

「なぜ?」

「なぜって!だって、彼女たちはわたくしに怯えて・・・!」

「客人に怯えるなどとあってはならないことだろう」

「だってそれはわたくしが非礼をしたからでは・・・!ま、まさか彼女たちに何か罰でも?それはやめていただけますっ?!」


悲鳴に近い声でリディアは言った。顔もひきつっている。


「出された食事の場で、美味しくないと余分なものを振りかけたのはわたくしですわ!」

「美味しくなかったのか?それはすまない・・・」

「そ・・・そういうことではなく!」

「実は、兄があなたに毒・・・調味料をかけるのをやめるように言ってほしいと言っていて」

「!!そうでしょう!ええ、わたくし、あれがないとちょっと。厄介な客人ですわね、ええ!」


戸惑ってばかりだったリディアが、ようやく我が意を得たりと、瞳を輝かせたが、アクセルにはその意味が全く分からなかった。


「いや、客人に満足できない食事を出す方が悪いと思う」

「・・・っちがうでしょう!」

「え?」

「いえ、ほほ・・・な、なんでもありませんわ・・・。そうではなくて、あの、ご迷惑をおかけしておりますわね。そろそろ出て行ってほしいとか・・・」

「いや、迷惑ではなくて、あなたは何が好きなんだ?」


実直に尋ねたアクセルに、リディアはぽかんとした。


「好き・・・とは」

「そんなにも毒・・・調味料を振りかけたがるのは味がいいからか?それとも何か別の刺激があるからか?あなたは何が好きなんだ?」

「すすすすきというか・・・!」

「大概の毒草はマズイと思うんだ。俺も森の奥で食料が尽きたときはやむなく口にしたことがあるし。それなのにあなたは好むというから、何がよいのだろうと思って」

「・・・、た、たべたのですか?」

「まあ、比較的毒性の弱いものだが。体力が尽きて魔物に襲われて死ぬよりは多少の腹痛の方がましだろう。俺は頑丈にできているし、煮込めば食べられたし」


リディアが黙りこくってしまった。


「それとも旨い毒草もあるのか?それなら、俺にもくれたら・・・」

「っだめ!駄目ですわ!あなた様に食べさせるなんて!あぶ・・・いえっ!も、もったいなくてできませんわ!」


必死の拒絶にあい、アクセルはショックを受ける。言葉尻通りにそんなにも嫌われているのか、と悲しみに暮れた。顔には出なかったが。


「ではせめてどういう味がいいのか教えてほしい。そうしたら、別のものでも作れるかもしれないと思うんだ。いつまでも体に良くないものを摂取し続けるのはやめたほうがいいだろう?なら、同じような味で安全なものを俺が作ればいいと思って」

「・・・えぇと、俺が作ればいい、とは?」

「その、あなたは嫌だと思うだろうが、俺の屋敷には使用人がいない。ドイルが手配してくれたが・・・その」

「さきほどのお話からすると、わたくしの世話は嫌だと逃げられたと」

「・・・そうなんだ。申し訳ない」

「謝っていただく必要はありませんわ!当然のことですもの!だったら、そのお話はなかったことに・・・」

「嫌だと思うが、俺があなたの食事の世話をするから我慢をしてほしい。もちろん侍女殿に身の回りのことはやってもらえばいいし、最低限屋敷を保つための使用人は連れていけといわれているが、あなたとは接触させないので、そうなると侍女殿でやれないあなたの生活は俺が手伝う」

「?!?!!?」


声にならない悲鳴を聞いたかのようだった。


このふたりの掛け合いが好きです。でも、全然短編にならない・・・。

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