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3/5

その3日後、アクセルはドイルに呼ばれた。

3日間、呆けまくっていた自覚があるので(無意識に鍛錬場の壁に穴をあけ、ティーカップにひびを入れ、フォークもスプーンも首をおとしてしまった。力の加減が馬鹿になっているとしか思えなかった)、さすがにお小言かと大きな体を若干すくめながら、屋敷で一番広い応接間に向かえば、そこには二番目の兄のナバールも同席していた。

いやそれよりなにより、上座に座る女性の姿に息を呑み、そして握っていたドアノブを握りつぶした。

鉄の塊がぐしゃりと手の中で無残な欠片となった。


「アクセル!ちょっとまた壊すのやめてくれ!屋敷が使い物にならなくなる!」

「おいおい、話には聞いていたが、ここまでひどいとは」


ナバールは辺境騎士団の団長を勤める男だ。アクセルの上司として普段は厳しく当たっているが、ここ数週間は国境沿いに他国の兵が姿を見せたとして偵察に行っており不在だった。

魔物の被害が減ったのであれば、資源としては豊かなものがあるこの土地を他国が狙いにきてもおかしくはないのだ。辺境とはいえ、忙しい家系である。


しかしそれよりなにより、アクセルは輝かんばかりの金色が揺れる柔らかそうな髪の女性に視線が釘付けだった。


「・・・あなたは」


あの日、マントで隠されていた髪の色が金色とは知らなかったが、その色の白い肌に輝く紫色の瞳と美しい顔立ちはアクセルが何度も何度も思い出したものに相違なかった。

ただ、違うのは、今はあの時の無邪気な笑顔を一切浮かべておらず、貼り付けたような笑みを口元にだけ浮かべていることだった。

一瞬だけ、アクセルを見て、目を見開いたように思えたが、徹底した“微笑み”にそれは勘違いだったようにも思えた。


「アクセル、彼女がリディア公女だ。この度王都から辺境までご足労いただいた」


リディア。・・・ディア。

あれは、単純な愛称だったのだと気が付いた。


「公女殿下、こちらが我が弟のアクセルです。巷では身に余るとは存じますが、英雄と呼ばれております」


リディアは、すっと立ち上がると、美しい仕草で膝を折った。

あの日、アクセルに別れをつげるときに見たのと同じ仕草だった。


「初めまして。リディア=ド=ラドールと申します。公女とご紹介いただきましたが、わたくし、正式には公爵位を賜った者の家柄ではございませんので、どうぞ皆様方、リディアとおよび下されば結構ですわ。この度、我が国王により、レーヴェント伯爵家の“英雄”に嫁ぐよう拝命し、馳せ参じました」

「・・・・・はじめまして?」

「・・・・・どこかでお会いいたしました?」


会っただろう、つい3日前に。


そう言いたかったが、あまりにも平然と顔色一つどころか、顔のパーツ一つ動かさないリディアに、まさか他人の空似なのか?と一瞬思ってしまい、言葉が出なかった。

だが、そんなわけはない。このような美しい人間がこの世に2人ともいるとは思えなかった。

それでも目の前の彼女は、はっきりとは一瞬しか見えなかったものの無邪気に笑っていたあの女性とは、姿かたちだけ同じ別人にも思える。それほど、雰囲気が違った。


「その・・・もしかして双子なのか?」

「まあ、面白い冗談ですわね。残念ながら、わたくしは陛下のたった一人の姪ですわ」

「では・・・」

「アクセル、君ってば、こんなきれいな女性を前にして冗談言えたんだな!」

「どうしたんだ、お前!?」


自分でも阿呆な問いかけかと思いながら発した言葉に、リディアはころころと笑い、兄2人は目を剥いた。


「ちょっ、冗談のつもりじゃ・・・」


バシバシとナバールに肩を思い切り叩かれ、アクセルは顔をしかめる。

まあまあ座れ、と無理やりにリディアの対面に座らされたアクセルは、もう一度じっと彼女を観察した。

その視線を受けても彼女は動じた様子もなく、にこりとほほ笑んだだけだった。


(・・・笑い方が違う)


あのとき、アクセルの目を奪った笑顔とはまるで違う人形のような無機質な美しい顔。

その彫刻のような美貌が、アクセルではなく、ドイルをまっすぐに見つめたままわずかに首を傾げた。


「それで、若き伯爵様。先ほどのお話を続けてもよろしいでしょうか」

「そうでしたね。アクセル、何度も説明させてしまうよりも、お前も一緒に聞いた方がいいと思って呼んだんだ」


そういえばお姫様はあしらっておくという話で、アクセルは最初から会わないでよいということだった。

それなのに呼ばれたということは、よほど何か予想外の出来事でもあったのだろうか。

アクセルにおいては、すでに予想外すぎて、無表情なのに、内心は混乱しまくっているが。


「どういうことだ?」

「わたくしが、子をなせないという話ですわ」

「?!」


いきなり何を言い出すのか、とアクセルは目を見開いた。

けれど、ほかに誰も驚かないので、すでにこの話は兄2人が聞いていたのだと気づく。


「さきほども申し上げたのですが、わたくしに触れると死ぬかもしれません。そのため、英雄様との子はなせません」

「・・・どういう?」

「英雄様はご存じありませんか?わたくしの噂のことは」

「噂?」

「弟には伝えておりませんでしたので」


言葉を引き取ったのは、ドイルだった。


「さようですか。それは困りましたね」

「ドイル、どういう話なんだ」

「その、・・・毒を好んで食べる姫君だと」

「は?」


高貴な血筋の本人を前に口にしていいものなのかと気にしながらいうドイルに、まったく気にした様子もなくリディアがうふふ、と笑った。おかしくて、というよりは、作った笑いだった。


「足りていませんわね。男好きの王妹が顔だけは美しい偏屈な薬師の男を連れ込んで生まれた結果、実験狂いの薬師に育てられて毒好きになった頭のおかしい姫だと言われているのでしょう」

「公女様・・・」

「リディアで結構と申し上げましたわ。あら、そのようなお顔をなさらずとも結構。ほぼ事実ですわ」


リディアは白魚のように細い指先で紅の塗られた赤い唇に触れ、語り始めた。

曰く、母親にすぐに捨てられた父親とリディアは7つの歳になるまで、父に引き取られて育った。

父は薬草を研究する傍らで毒の研究をしており(むしろ毒研究がメインであり)、リディアに幼いころから毒を与え続けていたと。そのためにリディアの体は異様に毒に耐性が強く、今では致死量の毒を飲んでもけろりとしているとか。


「虐待じゃないか!」

「父なりの愛情ですわ」


幼い子供になんてことをとアクセルは声を荒げたが、リディアは動じた様子もない。にっこりと読めないあでやかな微笑みを再度浮かべた。


「かえって助かりましたわ。王城に引き取られてからはわたくしに好奇の目線をくださる方もあらぬ興味を持ったれる方も多く、いろいろございましたから。けれど、皆様、わたくしに触れると体調を悪くされるんですの。医師が言うには、中毒を起こすのですって」


大量に毒を摂取し続けたリディアの体内で毒の成分が蓄積し、それはリディアには影響を与えないが、周りの人間には毒になるのだと。


「そんな話、聞いたこともない」


3兄弟の中で一番博識なドイルがうなるようにつぶやいた。するとリディアはほうと一つため息をつく。


「ええ、わたくしもわたくししかこのような体質の人間は知りませんわ。けれど事実ですの。ですから、王侯貴族としての役割である跡継ぎは作れないんです。つまり、“役立たず”ですわ」


その言葉を自分に対して眉一つ動かさずにいうリディアは慣れているのだろう。

ただ笑うだけのリディアに、アクセルは膝の上の手のひらを握り締めた。


「陛下がどのような思惑でここにわたくしを寄越したのかは存じ上げません。わたくしは、ただ、英雄に嫁げと命じられたというだけです」

「つまり、対外的には嫡出子を持てないように、か。反吐が出そうな考え方だな」


低い声を出したのはナバールだ。王族への不敬にあたるかどうかはこの辺境では関係ない。辺境では彼ら騎士団が最も力を持っている。


「リディア様、弟が無礼を申し訳ございません」


それでもドイルは伯爵としてリディアに頭を下げた。


「いえ、わたくしも想像をするだけであれば、そのようなことなのだろうと理解しておりますわ。王城に住まわせていても“役立たず”なわたくしを厄介払いし、こちらの伯爵家にも・・・いえ、伯爵家というよりは英雄様の血筋を表向きとしては絶やすと」


リディアを娶りながら、アクセルに子供ができたとすれば、それはすなわち庶子であると王家は取り扱う。そうであれば、貴族社会では大きな力を持てないであろうとの想定だろうと考えられた。とっくに王家への忠誠は民心からは尽きてかけており、高貴な血筋であるかどうかなど重視されていないというのに、それを理解していないのがよくわかる筋書きだった。


「ですがリディア様、その・・・人に触れられないというのはずいぶんと大変では?日常生活はいかがなさるので?」


ドイルは、リディアの言葉をまだ信じられないようだった。人そのものが毒になるなど。

そうですわね、とリディアはまた嘘くさくほほ笑む。


「ですので、わたくしの身の回りは幼いころから仕えている侍女1人に任せておりますのよ。不用意に慣れていない方に接触しては困りますもの。この場に呼んでもよろしくて?ついでに、伯爵様の疑いも晴らして見せますわ」


リディアの求めに応じてやってきたのは、赤茶色の髪を後ろで一つにまとめ、そばかすが残る赤茶色の瞳の小柄な女性だった。この国では珍しくもない容姿であり、一言も話さないので、それがあの“リジー”かはわからなかった。

リディアは侍女が持ってきた瓶を受け取ると、目の前に置かれたまま手を付けていない紅茶にその中身を入れた。さらさらと白い粉がそこに溶けていく。


「失礼ながら、それは?」

「わたくしが特にお気に入りのスパイスですわ。ああ、スパイスと言いましても皆様には猛毒でしょうけど」


そう言って、リジーはカップを優雅に持ち上げ、中身を呑んで見せた。


「・・・ふふ、この喉が焼ける感覚がたまりませんわね」


毒と言いつつ、ためらいもなく嚥下するその様子に唖然とする伯爵家の面々の前で、「これではわたくしの言っていることは信じてもらえないと思いますので、かわいそうですけど」とリディアが言って、侍女が傍らから取り出したのは籠に入れられた白いネズミだった。


「ごめんなさいね」


そう言って、リディアがそのネズミの檻の水差しに紅茶を入れる。喜んで飛びついたネズミは、急激にひっくりかえり、手足をバタバタとさせながら、そのうちにピクリとも動かなくなった。

繰り返すが、それはさきほどリディアが飲んだそのカップから注がれたものである。


「いかがでしょう?信じていただけました?この残りを誰かに飲んでいただければより分かりやすいですが、そうやって確かめるわけにもいきませんでしょうし」


成分を解析していただくのは構いませんわ、とリディアがまだ粉の入った瓶を差し出した。

受け取ったのはドイルだ。すぐに調べろと侍従を呼びつけた。


「わたくしは皆様を害するつもりは全くございませんが、荷物も改めていただいて結構ですわよ」

「・・・そう言っていただけるのであれば遠慮なく。女性に調べさせます」

「大変紳士的ですわね。隠し立てするものではありませんので、どうぞ」


リディアは侍女に指示し、侍女がしずしずと「こちらです」とリディアが持ち込んだものへ案内をした。

ふたたびリディアと三兄弟だけになった室内で、彼女はネズミを死に至らせた紅茶の残りを当たり前のように飲んでいる。

ドイルとナバールが顔を見合わせ、何と言ってもよいのかそれぞれ視線で会話をしていた。


「本当に平気なのか?体に異変は?顔色は悪くないようだが吐かなくて大丈夫か?」

「え?ええ、大丈夫です。舌がしびれるくらいです。慣れると癖になりましてよ」


その一方で率直に問いかけたアクセルの心配はリディアの体調だ。リディアがほんの少し戸惑った顔を見せたが、結局また貼り付けたような笑みに取って代わった。


「わたくしを心配されるなど、英雄様はお優しいのですね」

「そのようなものを証明のためだけに飲む必要はない。そんなことせずともあなたの言っていることを疑わない」

「・・・いえ、わたくしは好きでこういったものを常々摂取しているので、お気になさらず」


アクセルの言に、リディアがついにこわばった表情に取って代わった。

なんと言ってよいのかと迷っているようだ。

流暢だったリディアが黙り込み、沈黙が場を支配した。

普段はアクセルより数段口達者な兄たちも何を話したらいいのか、いまいち判断がつかないようで、口をつぐんだままでいる。

すると応接間に侍従が現れ、ドイルに耳打ちをした。

いくつかの情報を得た彼は、ため息をつき、そして、あらためてリディアに向き合った。


「リディア様、やはり先ほどの瓶の中身は有害なもののようです。種類まであてられたわけではありませんが、毒であると。そして、あなたの一番大きなカバンから出てきたものは、毒草の山であったと」

「ええ、そうですわ。わたくし、自分で毒を調合することもできますので、辺境には好みのものがないと困ると考えまして・・・あとは、・・・道すがらにも集めましたわ」


「道すがら」のところで彼女はわずかに言いにくそうに喉を嚥下させた。気づいたのはアクセルくらいだろうが、彼は感覚が異様に鋭い。声音がほんのわずかに震えたと知った。

しかし、そんなアクセルに気が付いた様子もなく、リディアは話をつづけた。


「それで、わたくしから一つ提案があるのですが」

「ご提案ですか?」

「ええ。わたくしは死んだことにしてもらえませんか?」


書き溜めたものでないので、更新が遅くてすみません。たぶん今後も2~3日に1回の投稿になるかな、と思いますが、お付き合いいただけると嬉しいです。。。。

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