第2章 38 卓也の涙
ピンポーン
狭いアパートにインターホンの音が鳴り響く。
「…」
しかし、何の反応も無い。
「後1度だけ…インターホンを押して、応答が無ければ部屋に入ろう」
自分自身に言い聞かせ、再度インターホンを押した。
ピンポーン
「…やはり出ない…。卓也…開けるぞ」
言いながらドアノブを回し、扉を開けた。
キィ~…
古いアパートの立て付けの悪い扉が軋んだ音を立てて開く。
扉を開けてまず目に飛び込んできたのはカーテンの無い窓から見える空だった。
そして引っ越し後、全く手つかず状態で乱雑に置かれた段ボールの箱の山。
「あいつめ…やはりこの世界でも引っ越しの片付けを何もしていないな…」
それなのにパチンコに行くなんて…。
親父に対する憎悪が増す。
「それにしても…卓也は一体どこに…?」
俺は部屋に上がり込むと、辺りを見渡した。
何だか自分で自分の姿を探すなんて妙な気分だ。
「卓也…。いないのか…?」
声を掛けながら対して広くもないアパートを見て回り…。
「う…」
風呂場の方でうめき声が聞こえた。
「まさか風呂場で?!」
俺の記憶では風呂場で暴力を振るわれたことは一度も無かった。
「卓也っ!」
急いで風呂場へ行き…息を呑んだ。何と卓也が風呂場の中で倒れいていたのだ。しかも服も体もずぶぬれだ。
「卓也っ!大丈夫かっ?!待ってろっ!今着替えを出してやるからっ!」
すぐに部屋に取って返し、片っ端から段ボール箱を開封していく。箱の中身を記していないからどこに何が入っているのか分からない。
「くそっ!どこにあるんだよっ!ん…?」
何箱目かの段ボール箱を開封したとき、そこにタオルと運よく卓也の服が一緒に入れられていた。
「良かった…見つかった…」
すぐに着替えとタオルを持って風呂場で倒れている卓也の元へ向かった。
「待ってろよ…俺…。助けてやるからな…」
びしょ濡れの卓也の服を脱がし…ハッとなった。
がりがりにやせ細った身体にはあちこちに内出血の後やたばこを押し付けられたような跡が残っている。
「そうだったな…この頃の俺は酷い暴力をアイツから…卓也…辛かっただろう…」
子供の頃の俺が哀れでならなかった。
小さな卓也の身体を良く拭き、着替えをさせたところでようやく卓也は目を開けた。
「え…?誰…?」
うすぼんやりと目を開けた卓也に俺は笑いかけた。
「俺の事覚えていないか?昨日、アパートの階段で話をしただろ?」
「あ…あの時の…」
うつろな目で俺を見る卓也の目に涙が浮かぶ。
「どうした?卓也?」
「もう…お母さんの所へ行きたい…」
「!」
その言葉に肩がビクリと跳ねる。
卓也はそれだけ言うと…再び気を失ってしまった―。