第2章 28 初恋をこじらせて
「…それで?子供の頃のお前が引っ越しをしてくる直前の過去に戻って、どうするつもりだ?」
教授は苦みの強いコーヒーを口にすると尋ねてきた。
「はい、過去の俺と…彩花を会わせます」
「どうやって?」
「どうやってって‥そ、それは…」
そこまで言って、口を閉ざしてしまった。
そうだ?どうやって彩花と子供時代の俺を引き合わせるんだ?
そもそも俺は彩花のことは良く知っているけれども、彩花は俺の事なんか知りもしない。それは子供の頃の俺にしたって同じことだ。
怪しまれて近づけないだろう。
大体俺は奴のせいで大人の…特に成人男性に対して不信感を募らせていたからだ。
となると…。
「彩花…」
気付けば愛しい彼女の名を口にしていた。
「どうした?上野?」
教授が首を傾げて俺を見る。
「彩花ですよ。俺が彩花と親しくなって、偶然を装って子供時代の俺と引合せればいいんですよっ!」
そうだ。
もともと俺は彩花と恋人関係になりたいと願っていたのだ。
「ふむ…発想は悪くないが、どうやって彼女に近づくんだ?いきなりナンパでもするつもりかね?」
「ナンパ…?そんな軽いノリで言わないでもらえますか?大体俺は何年彩花に恋していると思うんですか?15年ですよ?15年も彩花を一途に思い続けているんですからね?」
「つまり、お前は15年も初恋をこじらせているという訳か?…全く重たい男だ」
教授はため息をつきながらコーヒーを飲んだ。
「ちょ!ちょっと!どういう意味ですか?!それはっ!別に俺はこじらせてなんか…」
すると教授は険しい目で俺を見た。
「いいや、こじらせている。大体最初のタイムトラベルでは何だ?お前は彼女にとっては一度も面識の無い男だったはずだろう?それなのに、会った瞬間にいきなり抱きしめてしまったばかりに痴漢扱いされて、それきり彼女に近づくことが出来なくなってしまっただろう?それで、結局南彩花はお前の父親に殺されてしまった」
「う…」
「それだけじゃない。今回のタイムトラベルはどうだった?彼女に恋人がいたと言う事がショックで泣いて帰って来たんだろう?」
「べ、別に俺は泣いてなんか…!」
言いかけて、途中で言葉を切ってしまった。
「何だ?何故突然黙る?ひょっとして…図星だったのか?」
腕組みしながら教授が尋ねてきた。
「は、はい…。その通り…です…」
小さく頷く。
「何?冗談で言ったのに…まさか本当に泣いたのかっ?!」
「そ、そうです…で、ですが言っておきますけど人前で泣いたわけではありませんからねっ?!」
「当然だっ!成人した若者が失恋ごときで泣くなんてどう考えてもおかしいだろう?初恋をこじらせている証拠だっ!」
「…っ…」
俺は何も言い返せなかった。
「それで判断を誤って、お前は6月9日を待たずにこちらの世界に戻ってきてしまい…結果、南彩花は恋人に殺害されてしまった」
「はい…その通りです…」
教授の言う事は尤もだった。そうだ…俺が冷静になれなかったから、彩花を助けることが出来なかったんだ…。
自分のふがいなさに思わず項垂れると、声を掛けられた。
「上野」
「はい…」
顔を上げると、教授がジッとこちらを見つめていた。
「いいか?冷静になるんだ。過去に戻れば彼女とお前の関係は何も無かったことになるのだから」
そして教授は残りのコーヒーを飲み干した―。