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第1章 60 6月9日はきっと晴れるから <第1章 完>

 早いものであれから1週間が経過し、ついに6月9日を迎えた―。


前日にたっくんをアパートに泊めてあげて、2人で出かける準備をしていた。


「たっくん、そろそろ駅に向かうけど準備は出来てる?」


リュックサックに自分の荷物を閉まっているたっくんに声を掛けた。


「うん、もう準備できたよ」


「そっか。それじゃ行こうか?」


ジーパンにニットの七分袖のクリーム色のTシャツ姿の私をたっくんが見た。


「お姉ちゃん。その服、すごく良く似合ってる。きっとお兄ちゃんも惚れ直すね」


「い、いやだな~。何言ってるの、たっくんたら。それじゃ行こうか?」


思わず顔が赤くなる。


「うん、行こう!」


そして私とたっくんは手を繋いでアパートを出た―。




****


「でも、お兄ちゃんの言う通り本当に晴れたね~」


たっくんが青い空を見上げた。


「うん、そうだね。昨日は雨が降ったから、お天気が心配だったけど…」


帽子を目深にかぶりながら私も空を見上げた。


「良かった~これで遊園地行けるもんね」


「そうだね。たっくんは何に乗りたい?」


「僕?もちろんジェットコースターだよ!」


「そうだね。お姉ちゃんもそれに乗りたいな…あれ?」


いつも駅へ向かうはずの閑静な住宅街の道が工事で閉鎖されている。周りには2人のガードマンと、その奥には重機を使って作業をしている人たちがいた。


「あの、この道は通れないのですか?」


ガードマンに尋ねた。


「はい、すみません。電線工事でこの道は午後まで塞がれるので、申し訳ありませんが迂回してもらえますか?」


迂回ルートはかなりの遠回りだ。駅に着くには恐らく10分近くは遅れそうだ。

でも…仕方がない。


「分かりました、では迂回します。行こう?たっくん」


「うん…でも間に合うかな?」


「仕方ないよ。拓也さんには電話するから」


歩きながら拓也さんに連絡を入れてみるも…電話はつながらなかった。ひょっとして電車にでも乗っているのだろうか?


「仕方ないから、メール入れておくよ」


「うん」


拓也さんに工事の為、道路がふさがれて遠回りしなくてはならなくなったので待ち合わせ場所に10分程遅れる旨をメールに書いて送信した。


「お兄ちゃん…見てくれるかな?」


たっくんが心配そうに見る。


「うん、きっと見てくれるよ」


そして、2人で遠回りで駅に向かって人通りの少ない路地を歩いていた時―。


数mほど前方の電柱の陰から突然男が現れた。その人物はどこかで見覚えがあった。


「やっと見つけたぞ!」


男は私たちを指さすと叫んだ。


「お…お父さんっ!」


たっくんが悲鳴交じりの声を上げた。


「え?お父さん?!」


私はそこで初めて男がたっくんの父親であることに気付いた。


「お前だなっ?!お前が警察に通報したんだろうっ?!おかげで俺は警察捕まってしまい…昨日やっと仮釈放してもらえたんだっ!」


「か、仮釈放…?」


そ、そんな…。もう出てきたなんて…!


「お、お姉ちゃん…」


たっくんは泣き顔で私にしがみついてきた。


「だ、大丈夫…よ…たっくん…」


本当は怖くてたまらなかったが、たっくんを守らなくちゃ…それにあの男はたっくんより私を恨んでいるように思えた。


「おまえのせいで…!」


突如男はポケットから何かを取り出した。


「!」


それは…果物包丁だった。


「お前のせいで俺は…!」


男は包丁を振りかざし、突進してきた。


「あ…」


私もたっくんも恐怖で身動き取れない。そして眼前に迫ってくる男。


その時―。



「彩花ーっ!!」


突然路地の横から拓也さんが私たちの眼前に飛び出してきた。


「拓也さんっ?!」


たっくんを抱きしめながら彼の名を叫ぶ。


「またお前かっ?!」


しかし男は刃物を持ったまま拓也さんに突進した。


「う!」


瞬間拓也さんからうめき声が聞こえるも、彼の背後にいる私達には様子が分からない。

拓也さんは男の顔面を蹴り上げ、さらに腹を蹴り上げると男は物も言わずにその場で倒れた。


「あ、彩花…ぶ、無事でよか…」


真っ青な顔で振り向く拓也さんはそのまま地面に倒れこんだ。


「きゃああっ!拓也さんっ!」


「お兄ちゃんっ!」


2人で慌てて駆け寄り…。


「!!」


私は息をのんだ。なんと拓也さんの脇腹には深々と包丁が突き刺さり、服は血で真っ赤に染まっている。それどころか、地面に倒れた彼からは今も血が流れ続け、地面を真っ赤に染めていく。


「いやああああっ!!拓也さんっ!!」


私の悲鳴に多くの人々が集まってきた。


「大変だっ!」

「人が刺されてるっ!」

「早く救急車だっ!」



「拓也さん‥…拓也さん…しっかりして…」


「お兄ちゃん…死んじゃやだよぉ…!」


私もたっくんも泣きながら拓也さんに縋り付いていた。すると拓也さんは真っ青な顔で荒い息を吐きながら私たちを見た。


「い…言った…だろ…?6月…9日は…晴れるって…」


「う、うん…晴れたよ…」


ボロボロ泣きながら拓也さんの言葉に頷く。


「よ、良かった…彩花…今度…こそ、お、お前を…守れ…て…」


「拓也さん…?」


え…?一体何を言ってるの?


すると次に拓也さんはたっくんを見た。


「卓也…ご、ごめんな…。お、俺は…お前を…ゴフッ!」


拓也さんは口から大量の血を吐いた。


「お願いっ!もうこれ以上しゃべらないでっ!!」


私は泣きながら叫ぶ。遠くからは救急車が近づいてくる音が聞こえてくる。


「彩花…し、幸せになってくれ…俺の分まで長生き…」


そこで拓也さんは目を閉じた。


「拓也さん?」


え…?嘘でしょう…?


「お兄ちゃんっ!!」


たっくんはボロボロ泣いている。


「拓也さぁぁぁぁあああんっ!!」


私は彼にすがって泣き叫んだ。


救急車の音は…すぐ傍まで迫っていた―。




*****


 あの日から1カ月が過ぎた―。


結局…拓也さんは病院に運ばれたものの手当の甲斐なく、死んでしまった。

たっくんの父親は殺人の罪で再び逮捕された。


 

拓也さんの死により、新たに分かった事実があった。


彼の持っている身分証明書は全て偽造されたものであり、職業も住所も…それだけでなく名前も苗字も全てが偽名だったことが分かった。


そして…結局遺体は身元不明のまま荼毘にふされた―。



 私の受けたショックもさることながら、たっくんもまた心に深い傷を負ってしまった。たっくんはすっかり心を閉ざし…言葉を話せなくなってしまったのだ。

その為、児童相談所から、私とたっくんが会うことを禁じられてしまった。

私と会うと…あの時の事件が彼の頭に蘇り、パニックを起こしてしまうからだと言う理由で…。




「どうもありがとうございました」


引っ越しを終えた私は運送会社の人達に頭を下げた。


「またのご利用をお待ちしております」


彼らは頭を下げるとトラックに乗り込み、走り去っていた。


「…」


私は新しい住まいを振り返った。背後には古びた一軒家が建っている。拓也さんを亡くし、たっくんとも会うのを禁じられた私は…もうこれ以上あのアパートに住み続けることが出来なかった。

2人の思い出が残るあのアパートに住むのは…辛過ぎた。


そこで私はネットで移住者を募っている場所を探し…美しい海が近くに見える静岡県に引っ越してきたのだ。



青い空を見上げると、拓也さんの最期の言葉が蘇ってくる。



『彩花…し、幸せになってくれ…俺の分まで長生き…』



拓也さん‥‥貴方がいないのに、幸せになんかなれないよ。


「拓也さん…貴方…何者だったの…?」


それに答えてくれる人は誰もいない。

だけど…拓也さんの伝言は守るから。


心の中で天国の拓也さんに語りかけた。


今日からここで、私はどんなに辛くても1人で頑張って生きていく。

私を庇って代わりに死んでしまった拓也さんの分まで…。


だから見守ってね。


そして私は片づけをする為に家の扉を開けると言った。


「ただいま」


と―。



<第1章 完>

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