第1章 59 幸せな時間
翌日―
今日はたっくんと一緒に市が運営している小さな動物園に来ていた。この動物園は町中にある動物園で大きな公園に隣接している。
「お姉ちゃん、見て見て。羊がいるよ。可愛いね〜」
「本当だ。でも何か違って見えるな〜」
今、2人で柵越しに放し飼いされている羊のコーナーに来て見学をしている最中だったのだけども…何だか羊の雰囲気がいつもと違って見える。
「あ!分かった!毛刈りだ!毛刈りをしてまだそんなに経っていないからだよ!」
たっくんが柵にくくりつけられている看板を見ながら言った。
「え?毛刈り?」
「うん、毎年5月に毛刈りするって書いてあるよ」
確かに看板にはそう書かれている。
「そっか〜…毛刈りをした後だからスリムに見えたんだね〜」
成程、納得。
「あ!お姉ちゃん!向こうでうさぎに餌を上げることが出来るみたい!行ってみようよ!」
たっくんはすっかり興奮している。
「うさぎか〜可愛いだろうね。よし、行ってみよう?」
「うん!」
私とたっくんはうさぎの飼育コーナーへ行き、女性スタッフに100円支払って紙カップに入った細切りの人参を買った。
「はい、たっくん」
人参の入った紙カップをたっくんに渡すと、何故か戸惑った顔を見せた。
「どうしたの?」
「う、うん…お姉ちゃんがお金払ったのに…僕が餌をあげてもいいのかなって思って…」
「何言ってるの?お姉ちゃんは働いてお金稼いでるんだよ?たっくんは子供だからそんなこと気にしなくていいんだってば」
たっくんの頭を撫でながら笑いかけた。
「でも…」
尚もためらうたっくんに私は言った。
「だったらさ、たっくんが大人になって働くようになったら、その時に何か奢ってもらうよ。ね?それでいいでしょう?」
「うん!僕…大人になったら絶対にお姉ちゃんの役に立てるような男になるよ!」
「うん、その時が来るの…待ってるよ」
待っている…。私はいつでも誰かを待っている立場なんだ…。
ぼんやり拓也さんの事を考えながら、私はたっくんが嬉しそうにうさぎに餌を与えている姿を眺めながら思った―。
その後―
公園内で2人でベンチに座って私が握ってきたおにぎりを一緒に食べた後、公園を散策し、午後3時に帰りのバスに乗った。
「え?その話…ほ、本当?」
バスの中でたっくんは目を見開いて私を見た。
「うん、本当。来週は私の部屋に泊まりに来て。翌日は拓也さんも一緒に皆で遊園地に行くから」
「遊園地…今からとても楽しみだな…」
たっくんは頬を染めて私を見た。
「うん、私も楽しみだよ」
「…雨にならないといいな…」
ポツリと呟くたっくん。
「大丈夫だよ、拓也さん言ってたじゃない。6月9日はきっと晴れるって」
「うん、そうだね。本当に楽しみだな〜」
「うん、私も楽しみ」
拓也さんとたっくんと3人で遊園地…。
フフフ…何だかまるで本当の家族になったみたいだ…。
この時の私はとても幸せだった。
少なくとも…あの運命の6月9日を迎えるまでは―。




