第1章 52 幸せな気持ちで
「彩花…」
拓也さんは驚いた顔を浮かべて私を見ている。
「たっくんはもう二度とお父さんと暮らすことは無いのでしょう?それに引き取ってくれるような身内もいない…そうなるとずっと施設で育つことになるんだよ?」
「あ、ああ…そうなるな」
「私は…自分が施設で暮らしていたから、ずっと寂しい思いを抱えながら生きてきたし、高校卒業後は施設を出て行かなくちゃならなかったから、ずっと先の生活のことが不安だったの。たっくんには…私みたいな思いをさせたくないの」
「彩花…」
「だ、だから…お願い。私が勝ったら…たっくんを引き取れるように協力して?」
拓也さんに頭を下げた。
「…」
拓也さんは黙って私を見ている。
私は…卑怯者だ。拓也さんが私から離れて行って欲しくないから、たっくんを引き合いに出して、こんなことを口にしているのだから。
だけど、たっくんを養子に迎え入れたいと言う気持ちも本心だった。
拓也さん、たっくんのことで‥あなたにも責任を負わせたら…どこか遠くへ行ってしまったりしないよね?
「…また、…同じことを…」
拓也さんが呟いた。けれど、あまりにもその言葉が小さくて良く聞き取ることが出来なかった。
「拓也さん?今…何て言ったの?」
「あ…い、いや。何でもない。分かった、彩花がもし勝てば…卓也を引き取れるように協力するよ」
頷いてくれた!
「本当?ありがとう!」
私はその言葉にすっかり安心し、目の前に置かれたグラスにそそがれたビールを飲んだ。
「う~ん。おいし~い」
すると拓也さんは笑いながら言った。
「何だ?もう俺に勝ったつもりでいるのか?言っておくけど俺が勝ったら彩花の苦手なホラー映画を一緒に観に行くんだからな?」
「う~…わ、分かってるよ…でも良く知っていたね?私がホラー映画が嫌いって事。前に話したことあるっけ?」
私は一度も拓也さんの前で映画の話をした記憶はない。
「あ…それは…」
拓也さんは一瞬の間の後、言った。
「そんな事聞かなくても分かるさ。女の子なら大抵ホラー映画は嫌いだろう?。だからだよ。それに…ホラー映画が嫌いな事…当たっているんだろう?」
「う、うん。確かに当たっては…いるけれども…」
「まぁ、ホラーに対して耐性がつくように…この後施設の中にあるネットコーナーで一緒にホラー映画の動画でも見ようか?」
「いい、遠慮しておきます」
私は即答した。
そしてその後、食事を終えた私たちは時間も遅いと言う事でリクライニングソファが並べられた休憩室に行き、隣同士に寝ることにした。
この夜、拓也さんの寝息を隣に感じながら…幸せな気持ちで私は眠りについた―。




