第1章 41 たっくんとお出かけ
翌朝―
私はバスに揺られて、たっくんのいる児童相談所を目指していた。そこは駅から外れた場所にあるので車かバスを使わないと行くことが出来ないのだ。
私に免許があれば車を借りたいところだけれども、生憎持っていない。大体教習所に通うお金を工面できないし、車を買うことも駐車場スペースを借りる事すら出来ないのだから。
「私って…一生こんな暮らししていくのかな…」
出来る事なら拓也さんと結婚したい。でも私は何となく分かってしまった。拓也さんに初めて抱かれたあの夜…。彼のあまりにも悲し気な、切羽詰まった様子はただ事ではなかった。
しかも彼は私を見つめながら目に薄っすらと涙を浮かべていたのだから。
きっと、私と拓也さんは一緒にいられない運命なのだろう…。
「拓也さん…」
ポツリと名前を呟くと、私の胸はズキリと痛んだ―。
****
9時50分―
児童相談所の前のバス停にバスは到着した。バスから降りた私の心はほんの少しだけウキウキしていた。
もうすぐ、たっくんに会えるんだ…そう考えるだけで、心が温かくなっていくのが自分でも分かった。
「さて、たっくんに会いに行こう」
私は玄関へと向かった―。
「こちらでお待ち下さい」
若い男性職員に通された部屋は前回たっくんに会いに来た時と同じ面会室だった。
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を述べると男性職員は会釈をして、部屋の扉は閉ざされた。
カチコチカチコチ…
壁に掛けられた時計の秒針を刻む音だけが静かな部屋に響き渡ってる。
…それにしても、なんでこんなに静かなのだろう?私が子供の時に暮らしていた児童相談所はとても騒がしかったのに…。
その時―。
ガラッ!
勢いよく扉が開かれ、たっくんが部屋に現れた。
「たっくん!」
椅子から立ち上がると、たっくんが駆け寄り抱き着いてきた。
「お姉ちゃん!」
「たっくん…会いたかったよ…」
たっくんを抱きしめ、彼の小さな背中を撫でた。
「うん、僕もお姉ちゃんに会いたかった…」
そして私とたっくんは少しの間、無言で抱き合った―。
****
「ありがとうございます。外出許可を出していただいて」
職員室の前で、先ほど部屋に案内してくれた男性職員にお礼を述べた。
「いえいえ、卓也君がこんなに懐いている方ですから信用しますよ。それでは16時までには戻ってきて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げると、私はたっくんに声を掛けた。
「それじゃ、行こうか?」
「うん!」
たっくんは嬉しそうに笑った―。
「たっくん、何処か行きたいところある?」
建物を出るとすぐに私は尋ねた。
「う~ん…僕、ほとんど出掛けたことが無いから…どこがおもしろいのかわからないんだ」
寂しげに言うたっくんの姿と自分の子供の頃の姿が重なり、胸が痛んだ。
でも、私にはもうすでにあるプランが出来ていた。
「大丈夫、たっくん。お姉ちゃんに任せて?今日はとっておきのプランを考えてきたんだから」
「え?そうなの?」
たっくんが目を見開く。
「うん、そうだよ。それじゃ、とりあえずバスに乗ろうか?」
「うん!」
こうして私とたっくんは手を繋いでバス停に向かって歩き出した―。




