第1章 37 私から…
帰りの車の中―
隣でハンドルを握っている拓也さんに声を掛けた。
「今夜はどうもありがとう」
「え?何が?」
チラリと私を見ながら拓也さんが返事をした。
「何がって…決まってるじゃない。たっくんに会わせてくれた事だよ」
「ああ、そのことか。いいんだよ、俺も丁度卓也に会いたかったし…それに暫くの間こっちに来れなくなりそうだしな」
「え?こっちって?」
時々拓也さんは不思議なことを言う。
「あ、いや…仕事が忙しくなりそうでね…。後一月くらいは来れなくなりそうなんだ」
「え…?それって…会えなくなるって事…?」
「何だ?ひょっとして…寂しいのか?」
何処か、からかうような口調でおどけたように言う拓也さん。
「それは寂しいに決まってるよ。だってたっくんも…もうお隣にいないのに…その上拓也さんまで…」
ほんの僅かな時間しか3人で一緒に過ごしていないけれども…今迄寂しい暮らしをしていた私に取ってはかけがえのない時間だったのに…。
「…彩花…」
そこで車は停車した。もう目の前はいつの間にか私のアパートの前だった。
「あ、あのさ…来れなくなるって…今日、明日の話じゃないよね?」
「…」
「今日は金曜日で…明日はお休みだから…一緒にご飯でも食べに行かない?」
「そうだな。…食べに行くか。何処に行きたい?」
「ファミレス、ファミレスがいいな。そこなら…何でもあるし、車も停められるじゃない?」
「よし、ならファミレスに行くか」
「うん」
良かった…。後少しだけ一緒にいられる…。
そして拓也さんは再びアクセルを踏んだ―。
****
やってきたのはアパートから車で5分程の場所にある近場のファミレスだった。時間は21時を過ぎていたからか、あまり混雑してはいなかった。
2人で窓際の席に座ると、早速メニューを広げた。
「う〜ん…何にしようかな…もう21時過ぎてるし、カロリーが低いメニューにしようかな?」
すると拓也さんが笑いながら言った。
「彩花は痩せてるんだからカロリーなんか気にすること無いだろう?」
「やだ、何言ってるの?そんな事無いからね。何も知らないからそんな事言えるんだよ」
「…何も知らないわけじゃないけどな」
拓也さんがポツリと言った。
「え?…え?な、何?」
「あ、いや。ほら、別に深い意味は無いからな?気にしないで好きなの食べろよ」
「う〜ん…」
何だろう?今の言い方…すごく気になるけど、まぁ別に気にしてもしようがないし…。
「なら、これにする」
そして私はワンプレートのエスニカンメニューを注文した。
40分後―
「あ〜美味しかった…」
セットメニューについていたコーヒーを飲み終えると、私は目の前に座る拓也さんに声を掛けた。
「ねぇ、会えなくはなるけど…電話やメール連絡位は出来るよね?」
「…」
けれど、拓也さんは返事をしない。
「拓也さん?」
「ごめん…」
「え?」
「電話もメールも…無理なんだ。連絡は取れなくなる」
「え…?冗談だよね?今や海外に行っても普通に連絡取り合えるじゃない」
「海外にはいないけど…とにかく、理由は話せないけど…無理なんだ。ごめん」
「…」
まただ、また…。こうやって拓也さんに一線を引かれる。恐らく私は信用されていないんだ。恋人はいないって言ってるけど、きっと恋人がいるんだ。
だとしたら…。やっぱり私から距離を取ってあげないと。
「うん、分かったよ…ごめんね。あ、私…ちょっと化粧室行ってくるね」
「あ、ああ…」
戸惑う拓也さんを置いて席を立つ時にさり気なく伝票を握りしめ…彼がスマホを見ている隙をみて2人分のお金を払うと、私は逃げるように店を出た―。




