第1章 34 寂しい気持ち
18時半―
いつも通り定時に仕事を終わらせて会社を出ると、ガードレールに寄り掛かるように拓也さんが立っていた。彼はジャケットにジーンズ、スニーカーのラフな姿だった。
「仕事お疲れ様。彩花」
「え…?な、何で拓也さんが…?」
慌てて拓也さんに駆け寄ると尋ねた。
「うん、卓也に会いたいかと思ってね」
笑顔で答える拓也さん。
「え?嘘…もしかしてたっくんに会えるの?」
「ああ、勿論だ。嘘なんかつくはず無いだろう?どうだ?会いたいか?」
拓也さんは尋ねてくる。
「会いたい…会いたいに決まってるじゃない!」
「よし、それじゃ…決まりだな?実は車をレンタルしてあるんだ」
「へ~そうなの?気が利いてるじゃない?」
「まあな~。コインパーキングに停めてあるんだ。行こう」
「うん」
そして拓也さんに連れられて私たちはコインパーキングへ向かった―。
****
拓也さんが借りてきた車はワゴンタイプの青い軽自動車だった。
助手席に乗りながら私は言った。
「は~…やっぱり車っていいよね~。満員電車に揺られなくていいんだもの」
「彩花は免許持ってないもんな」
「うん、確かに持ってないけど…え?何でその事知ってるの?」
「あ?ああ。勘だよ、勘。興信所の人間はさ、勘も鋭くないとダメなんだよ」
「ふ~ん…そんなものなんだ…フフ…でもたっくんに会えるんだ…」
思わず顔に笑みが浮かぶ。
「…彩花は本当に卓也の事…思ってくれているんだな」
「それはそうだよ。私は…たっくんが私の子供時代の時のような目にあってもらいたくないんだもの」
「…そうか」
ハンドルを握りしめ、前を見ている拓也さんを見つめていると昨夜自分が彼に言った偽装結婚のプロポーズの言葉を思い出し、顔が赤面しそうになった。
「…どうかしたのか?」
不意に拓也さんが尋ねてきた。
「ううん、何でもないよ。でも…よくたっくんの居場所が分かったね?」
「当然だろう。俺は何といっても興信所の人間なんだから」
「うん、そうだったよね」
「ところで彩花…」
「何?」
「仕事、きつくないか?」
「え?どうしたの?急に?」
「あ、いや…何となく疲れ切った顔して会社から出てきたように見えたからさ」
「うん…仕事内容よりも、正直言うと…人間関係のほうが…きついかな。数少ない女性社員の人達から…何ていうか、ちょっとあたりが強くてね…」
「彩花は若くて美人だから、やっかみを買うんだろう」
拓也さんがとんでもない事を言ってきた。
「や、やだ!と、突然何言いだすのよ!飲酒運転は駄目だよ?」
照れ隠しに言った。
「何言ってるんだよ。お酒なんか飲んでるはずないだろう?」
「だ、だって本気で言ってる言葉だとは思えないんだもの」
「それなら、社交辞令として受け止めておけばいいさ」
笑いながら言う拓也さん。
「う…も、もうっ!やっぱりそうなんだ!からかったんだね?!」
「あはははは…悪い、悪い。彩花をからかうの面白くてな」
まただ。
そうやって、折角2人の距離が近づいたかと思えば…拓也さんはさりげなく距離を取ってくる。
それが私には少しだけ、寂しかった―。