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第2章 130 悲しみの抱擁

 卓也を引き取って育てたいだなんて……。


そこまで真剣に考えてくれていたのか?今までも……この先もずっと……?

だが、俺はその願いを叶えてやることは出来ない。

何故なら、6月9日で俺はこの世界からいなくなってしまうからだ。


 辛い気持ちを押し隠しつつ、何とか返事をしてごまかすことが出来た。


彩花……嘘をついてごめんと、心の中で謝罪しながら。


そしてこの夜、俺たちは2人一緒に休憩室のリクライニングソファで2人並んで眠りについた。

隣りで眠る彩花の寝息が俺の心を安らげてくれる。

この夜も幸せな気分で眠ることが出来た――。




****



 翌日は朝食はスパのバイキング料理を食べ、もう一度温泉に入ると岐路に着いた。


その後、卓也の部屋に戻ると再びアパートの整理を始め…‥午後4時には部屋の中は全ての荷物は無くなっていた。



「…何にも無くなってしまったね…」


「うん、そうだな…」


アパートの整理の仕事は終わった。俺も帰らなくては。


「俺も…そろそろ帰るよ」


「…そう、分かった。拓也さんにも…都合っていうものがあるものね…」


彩花の声が寂しそうだった。


「うん…ごめん。アパートの解約手続きもあるし…」


「あ、あの…それって、私も行ったら駄目かな?」


「彩花……」


それは無理な願いだった。解約手続きの後はそのまま俺は元の時代に帰る予定だからだ。


「あ…ご、ごめんね。今の台詞は忘れて。うん、私…もう自分の部屋に戻るよ。それじゃ…」


そして彩花は俺の前を通り過ぎようとした。


「彩花っ!」


気付けば背後から強く抱き締めていた。


「そんな顔…しないでくれ…彩花にそんな顔されると…俺はどうしたらいいのか…分からなくなってしまう…訳は言えないけど…あまり自由にここに来ることが出来ないんだ…。本当に…ごめん…っ!」


俺は涙声で訴えた。


「た、拓也さん…わ、私…」


「ごめん…訳分からないこと…言ってしまっているよな…?でも…これだけは信じてくれ。俺が好きなのは他の誰でも無い。彩花だけなんだ。…絶対人違いなんかじゃないから…」


彩花は俺の気持ちを疑っている。他の誰かと自分を重ねて見ているのではないかと。

俺が見て来たのは色々な世界で生きていた彩花だけだと、本当のことを打ち明けられればどんなにかいいのに。


「た、拓也さ…んっ」


彩花が俺の方を振り向いたので、キスして言葉を塞いだ。彩花の舌を絡め、吸い上げ言葉ごと奪った。

何も聞かれたくなかった為に……。


やがて彩花から顔を離すと、頬を両手で包み込んだ。彩花の目は潤み……頬は少し赤らんでいる。


「彩花、また…絶対会いに来るから…それまで待っていてくれるか?」


「うん…待ってるよ…」


「ありがとう、彩花」


愛しい彩花を再び強く抱き締めた。

俺も本当は別れたくない、ずっとずっと一緒にいたい。

だけど……6月9日を誰かの犠牲で終わらせなければ、彩花を救うことが出来ない。

教授にずっとそう言われ続けていた。


「じゃあな、彩花」


俺は彩花の身体を離した。


「うん…又ね。拓也さん」


彩花は俺の顔を見ることなく、玄関の方を振り向くと去って行った。


彼女の声は……涙声だった――。

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