第2章 126 教授の頼み
翌日――
「おはようございます、教授」
いつもと同じ時間帯に出勤し、宮田教授の研究室を訪れた。
「…教授、どちらにいるのですか?」
相変わらず研究室は足の踏み場もないくらいに散らかっている。机の上は本や書類で溢れ、床の上にまで高く本が積み上げられいている。
教授は恐らくまた長ソファの上で横たわっているに違いない。
「教授?」
長ソファに近付き、覗き込むと案の定そこにはアイマスクを装着して眠っている宮田教授の姿があった。
「又、こんな格好で眠って……風邪でも引いたらどうするつもりですか?」
椅子に掛けてあったひざ掛けを教授の身体に掛けながらため息をついた。
本当に……俺がこの世からいなくなったら誰が教授の面倒を見るのだろう?本気でそんな心配をしていると、突然教授がアイマスクを外しながらムクリと起き上がった。
「生憎、俺はお前に心配かけさせる程もうろくしてはいないからな?」
「え?!教授……!眠っていたんじゃないんですか?」
「ああ。さっきまで眠っていたが今、目が覚めた」
教授は俺をじっと見つめる。
「そうだったのですか。それじゃ起こしてしまったようですね」
俺の言葉に教授は肩をすくめた。
「別に、そろそろ起きなくてはならない時間だったからな。……お帰り、上野」
「はい、戻りました。教授」
そして少しの間、俺と教授は見つめ合った――。
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「そうか、今回もやはりお前は南さんと恋人同士になったのか」
コーヒーを飲みながら教授がポツリと言った。
「はい。本当はそんなつもりは無かったのですが、彩花に結婚を申し込まれて……気持ちが抑えられなくなってしまったんです」
そしてカップのコーヒーを一口飲む。
「え?彼女から結婚を申し込まれたのか?」
教授が意外そうな目で俺を見る。
「はい、子供の頃の俺……卓也を引き取りたいからと言って……」
「成程な。確かに未婚女性が子供を引き取っ育てるのは無理だからな」
教授はコーヒーカップを机の上に置いた。
「それで、気持ちが抑えられなくなってしまったのか?」
「そうです……辛い別れしか待っていないのは分かり切っていたのに……」
項垂れる俺に教授が声を掛けて来た。
「でも、悔いはないんだろう?それで俺の所にも挨拶しに来たのか?」
教授には、もう俺の覚悟が分かっているようだった。
「はい。もう身辺整理も済ませてきました」
「分かった。だが、まだ6月9日にはいかないんだろう?これで最後だからこそ……せめて、悔いの残らないように南さんと恋人同時の時間を楽しめ」
「教授……ありがとうございます」
思わず胸が熱くなる。
「別にお礼を言う程のものじゃないさ。あ、ただ最後にこれだけは約束してくれ」
不意に教授が真剣な顔で俺を見る。
「約束……?どんな約束ですか?」
「何、大したことじゃない。6月9日に戻るときは、必ず俺の所へ顔を出せよ?いいか、必ずだ」
「はい、分かりました」
そうだ。この日に俺は過去へ戻り、彩花の身代わりに死ぬことになる。
最後に教授に挨拶をするのは当然だ。
「よし、それでいい。なら早速仕事を頼むとしようか?」
「はい」
そして俺は教授に命じられた仕事に早速取り掛かり始めた――。




