第2章 124 理性のタガ
彩花の部屋の前で待っていると、カンカンと階段を上ってくる音が聞こえて来た。
「帰って来たな……」
腕組みして扉に寄り掛かりながら彩花が姿を現すのを待った。
「た、拓也さん…」
俺を見た彩花は驚いた様に、階段を上り切った場所で立ち止まった。
「何してるんだよ。彩花、こっちへ来いよ」
何であんな場所で止まっているんだ?
「う、うん…」
彩花は渋々俺の傍にやって来た。
その時、彩花の白い項が目に留まった。それを目にした途端……自分の理性のタガがプツンと外れるのを感じた。
彩花……。
そんなに俺との結婚を望んでいるなら……!
「鍵」
彩花に手を伸ばした。
「え?」
「部屋の鍵…出して。持ってるんだろう?当然」
「あ、ああ…鍵ね…」
彩花は少しの間、ショルダーバッグの中を探して鍵を取り出した。
「はい、鍵…」
「ん」
鍵を受け取り、カチンと鍵穴に差し込んで回すとアパートの扉を開けた。
もう、俺の決意は固まっている。
今夜……俺は彩花を抱く。
2人は本当の恋人同士になるのだ。
「…入って」
「え?あ…は、はい…」
彩花は俺の前を通り抜け、壁についている電気をつける為にこちらを振り向いたその時――。
「んっ!」
暗闇の部屋の中、俺は無言で彩花の唇に自分の唇を重ねた。
「んんーっ!」
彩花が腕の中で暴れて、必死で逃れようとする。
そうはさせるか――!
益々強く唇を押し付けると、そのまま扉の鍵をかけて彩花を抱き上げた。
キスをしたまま彩花を抱きかかえ……パイプベッドの上に彩花を押し倒すと、ようやく唇を放した。
「い、一体…これは何の真似なの…?」
彩花は目を見開いて、荒い呼吸を吐いている。
だが……今なら良く分かる。
彩花は俺を拒絶していないということが……。
「何の真似だって…?それはこっちの台詞だ…」
そっと髪に触れながら囁くように彩花を見つめる。
彩花……お前、俺を求めているんだろう?
そして彩花が何か言葉を紡ぐ前に、再び俺は彩花にキスをした。
彼女の舌を絡めとる……甘い、恋人同士のようなキスを。
「んっんん…」
闇の中でも彩花が羞恥で真っ赤になっているのが分かる。
「い…いや…。や、やめてよ…っ」
彩花は必死で顔を背け、俺の舌から逃れると訴えて来た。
「やめてだって?本当にそう思っているのか?俺に結婚を申し込んでおいて?あんな…すがるような目を俺に向けておきながら?」
何故自分の心に嘘をつくんだよ?
俺達には……もう時間が残されていないのに。俺たちを待ち受ける結末は悲劇しか無いんだぞ?
思わず胸に熱いものがこみ上げてくる。
「今度は…今回ばかりは…距離を開けようと思っていたのに…もう、あんな辛い思いは二度と味わいたくないから…わざと一歩引いていたのに…それなのに…あんな事を言われたら…そんな目で見つめられたら…彩花に対する気持ちが抑えられなくなるじゃないか…」
気付けば、何も知らない彩花に俺は自分の気持ちを吐露していた。
そんな俺を不思議そうに見つめる彩花。
きっと、何を言っているのだろうと思っているに違いない。
でも、そんなことはもうどうでも良かった。やっぱり俺は彩花を愛している。
この世界は恐らく俺にとって最期を迎える場所になるはずだ。
最後だからこそ…やはり悔いを残したくない。
彩花の全てが欲しい……!
「好きだ…彩花…」
口付けすると、再び彩花の舌をからめとりながら……彼女の服に手を掛けた。
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彩花が初めてだったのは知っている。
「彩花……お前が好きだ……愛している……」
耳元で愛を囁きながら、俺は壊れ物に触れるかのように優しく……丁寧に彩花を抱いた。
「…った、拓也……さんっ……」
必死で俺に縋り付いてくる彩花が愛しくてたまらなかった。
彩花、お前を二度と死なせない。
今度は俺がお前の為に命を捧げるからな。
この日の夜……彩花が疲れ切って眠りにつく迄、俺たちは何度も身体を重ねた――。




