第2章 106 クズな男
俺の声に驚いて振り向く彩花と椎名。
「え…?」
いきなり俺から「彼女」と言われたことで明らかに彩花の顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「何だ?お前は?」
椎名は機嫌悪そうにこちらを見る。そのふてぶてしい態度にも腹が立った。
「それはこっちの台詞だ。俺の彼女にそんな真似をするなんていい度胸しているな」
大股で近付き、椎名の前に立つと睨みつけてやった。
奴は俺よりも頭1つ分は小さい。
威嚇する様にわざと見下ろすと、奴はひきつった顔で彩花に視線を送った。
「な、何だ…南さん。彼氏がいたのか…わ、悪かったね。それじゃ…」
奴は怯えた様子で逃げるようにその場を去って行った。
そうだ、クズ男。さっさと彩花の前からいなくなれ。その内、会社にも来れなくしてやる。
お前は……別の世界で5回も彩花を殺してきたのだから。
憎悪にまみれた目で椎名の後姿が雑踏に紛れて見えなくなると、彩花に視線を向けた。
「大丈夫だった?」
なるべく彩花を刺激しないように静かな声で尋ねた。
「はい、ありがとうございました」
「良かった。助けてあげられて…」
思わず安堵の笑みを浮かべて彩花を見つめる。
「何処のどなたか存じませんが、助けて頂いてどうもありがとうございました」
丁寧に頭を下げる彩花に、悲しい気持ちになってしまった。
俺は彩花のことなら何でも良く知っているのに、改めてそんな言い方をされるのは何度経験しても堪える。
「どうかしましたか?」
すると俺の様子がおかしいと思ったのか、彩花が声を掛けて来た。
「何処のどなたか…か…」
思わず言葉が口を突いて出てしまった。
「え?あ、あの…」
「あ〜ごめん、今の言葉は忘れて。ほら、俺の事…覚えていないかな?」
困惑する彩花につい、慣れ親しんだ口を聞いてしまった。
すると途端に彩花の表情がこわばる。
「すみません…見覚えが無いのですが…それでは失礼します」
そして背を向けると、逃げるように足早に去って行く彩花。
しまった!やってしまった!
「え?ちょ、ちょっと待って…」
慌てて声を掛けて追いかけようとして…踏みとどまった。
彩花は男性不審なところがある。しかも椎名にストーカー行為されて悩んでいるのだ。
「これ以上、怯えさせるわけにはいかないよな……」
仕方ない、今夜はここで引きさがろう。
「今帰れば彩花に出くわすかもしれないからな。今夜はファミレスにでもよって食事をして帰るか」
そして俺は駅へ向かった。
安心しろよ、彩花。
俺は奴を貶める餌をまいた。
椎名は妻子持ちのくせに女性を食い物にするとんでもない男だ。
きっと椎名は…早ければ今夜。
もしくは明日には会社をクビにされるはずだからな――。




