第2章 101 命の代償
それは20回目のタイムトラベルで彩花が死を迎えてしまった後の出来事だった。
「…お帰り、上野」
「…はい。ただいま…戻りました」
季節は初めにタイムトラベルを行った日から月日は流れ……晩秋を迎える頃の事だった。
「上野、また今回は随分辛気臭い顔をしているな…。とりあえず今日は研究室に戻ったら俺に付き合え。飲みに行こう」
「え……?飲みに…ですか?」
とてもそんな気分にはなれないというのに、教授は一体何を言い出すのだろう。
「けれど、教授。俺は……」
「上野、いいから俺の言う通りにしろ」
教授の目はいつになく真剣だった。
「…はい、分かりました」
「よし、そうと決まれば出発だ!」
教授は嬉しそうに笑った――。
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大学の駐車場に車を止めた教授と俺はその足で、駅前の居酒屋へと向かった。
「ほら、上野。ここが俺の行きつけの店だ」
教授が案内したの純和風の大衆居酒屋だった。
「…教授らしいですね」
俺の言葉に頷く教授。
「だろう〜?それじゃ入るぞ」
「ええ、分かりましたよ」
そして俺と教授は居酒屋の中へと入った――。
4人掛けのお座敷テーブルに着いた教授は早速メニュー表を差し出してきた。
「ほら、上野。今夜は俺の奢りだ。好きなだけ飲んで食え」
「…ありがとうござます。それじゃとりあえず生ビールで」
「よし、生だな。それじゃ料理は?」
「何でもいいですよ。教授におまかせします」
何が食べたいと言われても、食欲など今の俺には皆無だった。
「全く…覇気のないやつめ…よし、なら俺が独断と偏見で勝手に注文するからお前も食えよ」
「はい、分かりました」
肩をすくめる俺を何故か教授は神妙な顔で見つめていた――。
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2杯目のビールを飲みながら、目の前のテーブルに置かれた焼き鳥を食べていると、不意に教授が目を細めてこちらをじっと見つめていることに気付いた。
「な、何ですか?教授」
「いや…お前もだいぶ大人になったと思ってな」
ビールをぐいっと飲む教授。
「…そうですね。もう何度も何度もタイムトラベルをして……そこで生活をしてきましたからね。実際の年齢は25歳ですが、恐らくそれ以上に年を重ねていますよ。ひょっとすると26歳は超えているかもしれません」
言いながら山芋のチーズ焼きを口にした。
「そうだな…。お前の言う通りかもしれない。それで?上野…。今度の南さんは……一体どんな死を迎えたんだ?」
「……」
少しの間、無言でグラスを握りしめた。
「上野?」
「…警察からの話では…彩花は電車のホームで…親父に突き飛ばされて…」
後の方は言葉にならなかった。
あの時、俺は椎名の対応に追われて彩花の側にはいられなかった。
そして彩花は俺と椎名を止める為に、目的地に向かう時に…逆恨みした親父にホームから突き飛ばされたのだ。
目撃者が大勢いた為、犯人として親父はすぐに捕まり…俺の携帯に連絡が入った。
それらをポツリポツリと教授に説明する。
教授は頷きながら俺の話に耳を傾け…話し終えると暫しの間、沈黙が流れた。
「上野…もう流石にお前も気付いたかも知れないが…」
ようやく教授は口を開いた。
「はい」
「いくら、どんなに注意を払っても…彼女の『死』のループは抜け出せない」
「ええ…そうですね」
「彼女を本当に救うには…大きな『代償』が必要だ」
「ええ、分かっています」
「お前にその覚悟があるのか?」
教授が俺をじっと見る。
「…覚悟なら、タイムトラベルを始めたときから…とっくに出来ていますよ。それに、俺はもう思い残すことはありません。それぞれ違う世界に住む彩花ではあったけれども…彼女と短い期間でも恋人として過ごすことが出来たのですから」
「そうか。なら……彼女の身代わりに…お前が自分の命を差し出すのだな?」
「はい。そのつもりです」
そう、俺も教授も…恐らく気付いてしまった。
彩花を真の意味で救うには……別の命の代償が必要だということを――。




