第2章 99 この世界との別れ
警察が病院から去り…どれくらい経過しただろうか。
気付けばオレンジ色の夕日が廊下に差し込んでいた。
「もう…夕方か……」
彩花が手術室に運ばれて、もう4時間近く経過している。
「彩花……」
膝の上で両手を組み、頭を上に乗せて俺は彩花の無事を祈った。
大丈夫だ…彩花はここでは絶対に死なないはずだ。彩花の死は6月9日に運命づけられているのだから。
そして俺は彩花を助ける為にここに……。
その時――。
突如、手術室の電気が消された。
「手術が……終わったのかっ?!」
慌てて立ち上がると、手術室の扉が開かれて執刀医が現れた。
「南さんのお知り合いの方ですか?」
医者は俺を見るとすぐに声を掛けてきた。
「はい、そうです!先生、彩花は…彩花は無事なんですよねっ?!」
「ええ、今の所…命はとりとめました」
「本当ですかっ?!ありがとうございます!」
俺は医者に頭を下げた。
良かった…神様…彩花を助けてくれて…!
俺は無神論者だったが、この時ばかりは神に感謝した。
けれど……次の言葉に耳を疑った。
「ですが、予断を許さない状況です。このまま意識が戻らず…最悪、『死』に至ることもあります。その可能性は否定できません。あまりにも…打ちどころが悪すぎました」
「そ、そんな……!」
俺は足元が崩れ落ちていくような錯覚に陥った――。
結局、あの後彩花は集中治療室に運ばれた。
彩花は非常に危険な状態にあると言われ、身内でも無い俺は面会すら禁じられた。
その挙げ句に、彩花の肉親を知っているなら連絡して欲しいと言われた程だ。
その言葉から推測するに、彩花はひょっとしたら死んでしまうのかもしれない。
しかも…恐らく6月9日に……。
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何処をどう歩いて帰ってきたのか分からなかった。
気づけば俺は真っ暗な部屋で1人、ベッドの上に座り込んでいた。
「彩花……」
とてもではないが、信じられなかった。
昨夜はこのベッドであんなに彩花と愛し合ったのに…それが今や彩花は生死の境をさまよっている。
「俺のせいか…?俺が彩花と深く関わったせいで…本来ならまだ何事もなく元気で過ごせていた運命が狂ってしまったのか……?」
気づくと、情けないことに涙が溢れ出していた。
彩花……4度目のタイムトラベルで…初めて恋人同士になれて結ばれたのに…もう駄目なのか……?
俺は震える手で磁場発生装置をPCにセットし、状況を確認することにした。
「……!!」
その結果はやはり、俺の予想通りだった。彩花の現状は…6月9日の死に一直線に続いていたのだ。
「あ……ハハハハハ…」
もはや乾いた笑いしか出てこなかった。
もう6月9日の彩花の死を防ぐ手段は無い。それに俺は警察からマークされている。
「もう…この世界に俺がいる意味は無くなったな……」
戻ろう……現代に。
自分の元いた世界に…。
そして、別の過去に戻るのだ。
鉛のように重い体に鞭打って…荷造りを始めた。
こうして、俺はこの日、この世界に別れを告げた――。




