第2章 96 幸せからの転落
俺と彩花はレンタカー会社に来ていた。
「はい、それではこちらが車のキーになります。もういつでもご利用できます」
カウンターで男性スタッフから車のキーを受け取った。
「どうもありがとうございます」
そして背後に立つ彩花を振り返った。
「よし、それじゃ行こうか?」
「うん」
彩花は嬉しそうに笑った――。
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「それにしても意外だったな~彩花の行きたい場所が日帰り温泉だなんて」
軽のワンボックスカーを運転しながら、隣に座る彩花を見た。
「うん。私、温泉が好きなんだけど実は今まで一度も温泉に行ったことが無くて‥‥だから一度でいいから誰かと温泉に行ってみたかったんだ。…もしかして迷惑だったかな?」
彩花が伏し目がちに尋ねて来た。
「まさか。そんなはずないだろ?むしろ彩花が初めて一緒に温泉に行く相手が俺で嬉しいよ。ありがとうな」
「そ、そんなお礼なんて。むしろお礼を言うのは私の方だよ。こんな車まで出してもらうなんて…」
「そうか?でもごめんな。本当なら大型スーパー銭湯じゃなくて、ちゃんとした温泉に連れて行ってやりたかったんだけどな……」
「いいんだってば。だって私が突然言い出したことなんだし……あ!」
「何だ?どうかしたのか彩花?」
「う、うん。ちょっとアパートのガスの元栓を締めたかどうか忘れちゃって……」
彩花が不安そうに俺を見た。
「よし、なら戻るか?5分もあればアパートに戻れるしな」
「拓也さん…ごめんね?」
申し訳なさげに彩花が謝ってきた。
「いいんだって。それくらいのこと気にするなよ。それじゃ、戻るか」
「うん」
そして俺は車をアパートへ向けた――。
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「着いたぞ、彩花」
車をアパートの向かい側の道路に横付けした。
「うん、ありがとう。それじゃ確認してくるね」
シートベルトを外す彩花に尋ねた。
「俺も一緒に行こうか?」
「ううん、すぐだからここで待っていてよ」
「ああ。分かった」
「それじゃ待っててね」
彩花は笑顔で車から降りると、アパートへと向かった――。
5分後――
「遅いな……彩花。ガスの様子を見てくるだけなのにそんなに時間がかかるものなのか?」
アパートを見つめていると、突然男が敷地から飛び出してくるのが見えた。
「う、うわっ!な、何だっ?!」
男はかなり慌てた様子でアパートを振り向き…その顔を見て俺は息を呑んだ。
何と男は椎名だったのだ。
「椎名っ?!」
嫌な予感が脳裏を横切り、シートベルトを外して車から降りると椎名を追いかけた。
「待てっ!こいつめっ!」
あいつはスーツ姿に革靴のせいで早く走れない。追いつくのは簡単だった。
「貴様っ!何故逃げるっ!」
50m程走ったところで椎名の襟首を捕まえ、羽交い締めにすると奴は必死で暴れる。
「は、離せっ!離せよっ!!」
「言えっ!貴様、彩花のアパートに行ったんだろうっ?!」
「そ、そうだっ!ま、待ち伏せしていたら…彩花がやってきて俺を見て真っ青になって…逃げようとして階段から…落ちてしまったんだよっ!そ、それで怖くなって俺は…」
「何だってっ?!」
俺は椎名をその場に残してアパートへ向かって駆け出した。
「彩花!」
そして、俺は見た。
頭から血を流し、アザだらけで階段下に倒れている彩花の姿を――。




