第2章 80 我慢
午前6時半――
翌朝は清々しい目覚めだった。
「う~ん…今朝は気分がいいな…」
ベッドの上で大きく伸びをすると部屋のカーテンを開けた。すると、道路を挟んだ向かい側には彩花の暮らす古びたアパートが見える。
15年後の世界には存在しない古びたアパートが……。
「彩花、おはよう」
口の中で小さく呟くと、早速朝の支度を始めた――。
****
30分後……。
テーブルの前には自分で用意した食事が乗っていた。
炊き立て御飯に納豆、ほうれん草と油揚げの味噌汁にきゅうりの浅漬け‥‥。
「よし、いただきます!」
パンと手を叩き…彩花の住むアパートが見える位置に座ると、食事を始めた――。
「7時25分‥‥そろそろ彩花の出勤時間だな……」
今、俺は彩花の出勤時間を狙って偶然を装って外に出るか…それとも彩花に直接会うのは諦めてここから彼女をそっと見守るか悩んでいた。
何しろ以前のタイムトラベルでは偶然を装って彩花に会う為にマンションの前に出ていたら…彼女に避けられてしまったからだ。
「…どうしよう。偶然を装って出るべきか‥‥それとも我慢しておくか…」
結局、散々悩んだ末…偶然を装うのはやめにした。
そうだ。まだ強引に近づこうとしたら駄目だ。もうこれ以上失敗はしたくなかった。
せめて、互いの連絡先を交換できるような仲になるまでは…むやみに彩花に接近するのはやめにしよう。
自分に言い聞かせ、窓から彩花が出勤する様子をみまもることにした。
「そろそろ…出てくる頃かな?」
窓の外を眺めていると、彩花が駐輪場から自転車を引っ張り出す姿が見えた。
「いつも時間通りに家を出るんだよな。…今夜は何時に帰って来るんだ…?」
呟きながら彩花の姿を見つめ‥‥ふと、我に返った。
「何だ、これじゃ…。まるでストーカーみたいじゃないか」
流石に罪悪感を感じて来た。
「‥‥やっぱりもう覗き見するのも今日でやめにしよう」
ため息をついた時…俺は見た。
何と、彩花が俺が住んでいる部屋をじっと見つめているのだ。
「え…?ま、まさか‥‥な。気のせいだろう」
そして彩花はため息らしきものをつくと、自転車に乗って去って行った。
「本当に…俺を見ていたのか……?」
それなら明日も様子を見てみるか。それで同じようにこの部屋を見つめてきたのなら…翌日は自分の方から声を掛けてみよう。
そう心に決めると、PCを開いた。
今から彩花が務めている勤務先が何処にあるのかを調べる為だ。
勤務先の名前は既に聞いてある。
「場所を確認して、一度行ってみることにしよう。何しろ彩花の勤務先にはあの男…椎名がいるからな…」
椎名は彩花の死に関わったことがある。
「とにかく、彩花の死に繋がりそうな要因全て取り除いた方がいいからな…」
そしてPC画面を食い入るように見つめた――。




