第2章 75 名前の呼び方
1時間後――
約束の面会時間が終わり、来週の土曜日に3人で一緒に出かける約束をすると卓也に別れを告げて俺と彩花は養護施設を後にした。
帰りはバスで帰ることにした俺と彩花は養護施設前のバス停でバスを待ちながら会話をしていた。
「たっくん……嬉しそうだったね」
「ああ、そうだな。俺も今からとても楽しみだよ」
何しろ、あの思い出のプレジャーランドへ15年ぶりに行くことが出来るのだから。
15年前……彩花は何度も俺をあの場所へ遊びに連れて行ってくれた。
2人で水族館やプラネタリウムを観たり、公園でお昼ごはんを食べたりと幸せな時間を過ごした。
けれど、彩花が俺の目の前で……よりにもよって親父に殺害されてからはあの場所に行くことは全く無くなってしまった。
遊びに行くにはあまりに彩花の思い出がありすぎて…辛かったからだ。
でも……もう一度彩花と、そして子供時代の俺と3人で遊びに行くことが出来るのだ。まるで夢のように幸せだ。夢なら…どうか覚めないで欲しい。
「上条さん、随分楽しそうね?」
余程俺の顔は緩んでいたのだろう。彩花が笑みを浮かべながら俺を見た。
「それはそうさ。彩花は楽しみじゃないのか?」
「彩花…」
その時、彩花がポツリと呟いた。
「あ…ご、ごめんっ!つ、つい調子に乗って名前で呼んじゃって……悪かったよ」
しかし、彩花は笑った。
「いいよ、別に」
「え?」
「彩花って……呼んでも…別にいいよ?」
彩花は少しだけ照れた様子で俺を見た。
「ほ、本当に…?」
「うん、勿論だよ」
「そうか、なら俺のことは拓哉って呼んでくれないか?」
「呼び捨てはちょっと…拓哉さん、でもいいかな?」
「ああ、それでもいい。彩花」
この時、俺は確信した。
きっと俺と彩花は恋人同士になれるに違いない……と。
****
「拓哉さんは何が食べたい?」
駅に到着してバスを降りると彩花がすぐに尋ねてきた。
「う〜ん…俺は好き嫌いは何も無いからな……。何でもいい、任せるよ」
でもいきなり部屋で2人きりになるのはまずいだろう。
だったら……。
「タッパに入れて持ち帰りしやすい料理がいいかな」
「え?タッパ……?」
彩花が不思議そうな顔で俺を見た。
「あ、ああ。ほら、彩花が作ってくれた料理を…持ち帰って食べようと思っていたから」
「一緒に食べないの?」
彩花の発言に驚いた。
「え…で、でも彩花はイヤじゃないのか?知り合って俺たちまだ間もないのに…部屋に2人きりっていうのは…」
すると彩花は笑った。
「別に平気だよ。だって……拓哉さんのこと、信用してるから。そんな変なことするような人じゃないって」
変なこと……信用してる…。
「あ…ハハハ…そ、そうか」
その言葉を喜ぶべきか、失望するべきか悩んだ俺は笑ってごまかすことにした。
笑いながらも別のことを懸念していた。
今の所…彩花が6月9日に死んでしまうルートには入っていないだろうか――と。




