第2章 59 暴力
午後4時半―
不意にその時が訪れた。
部屋でコーヒーを飲みながら、PCで今日の記録をつけていた時のことだった。
ピンポーン
不意にマンションのインターホンが鳴らされた。
「彩花かっ?!」
逸る気持ちで急いで玄関へ向かうと扉を開けた。
すると、そこには思った通り…息を切らせた彩花の姿があった。
「南さん?どうかしましたか?」
平静を装いながら彩花に声を掛けた。
「あ、あの…上条さん…」
彩花は息を切らせている。ひょっとするとここまで走ってきたのかもしれない。
「大丈夫ですか?随分息を切らせていますけど…」
「いいえ、私のことは別に構わないんです。そ、それよりも…お隣で…新しく引っ越して着た隣の子供が…父親から酷い暴力を受けているんですっ!お、お願いです…助けてあげて下さい…」
彩花は震えながら俺に訴えてきた。
彩花…知り合ったばかりの俺に助けを求めてくるなんて…そこまでして、子供の頃の俺を…?
彼女の優しさに感動しつつ、返事をした。
「分かりました、一緒に行きましょう」
「あ、ありがとうございます!」
彩花は嬉しそうに頭を下げてきた。
そして早速俺は彩花と2人でアパートへ向った。
頭の中はあいつに対する憎しみでいっぱいだった。
畜生…親父の奴め…。まだ何の力もない子供の俺をいたぶりやがって。
ただで済むものか…!
2人で部屋の玄関の前に立つと、まだ室内では親父の暴れる音と、子供の俺が悲鳴を上げる声が響き渡っている。
「ひ、酷い…まだ暴力を振るっているなんて…」
彩花は俺の後ろで震えている。
大丈夫だ、彩花。何も怖がることはないからな。
心のなかで彩花に声を掛け、立て続けに2回インターホンを押した。
ピンポーン
ピンポーン
途端に親父の怒鳴り声と暴れる音がやんだ。
次にドスドスとこちらへ向って近付いてくる足音。
そして…。
ガチャッ!
乱暴に扉が開くと、そこには不機嫌そうな親父の姿があった。
親父…っ!!
途端に俺の中で奴に対する激しい憎しみの感情が暴れまわる。
「ああぁん?何だ?今取り込み中なんだよ…っていうか、お前、なんて目つきで俺を睨むんだ?いきなり訪ねてきて、睨みつけてくるとはどういうつもりなんだよ?」
「…あんたが子供を虐待している音が外に響き渡ってんだよ。どれだけ酷い暴力を振るってるか自分で分かってるのか?」
怒気を含んだ声で、怒りの眼差しで睨みつけた。
親父は酔っ払っているのだろうか?酒臭い匂いがたまらない。
「何だと!この若造がっ!」
いきなり親父が殴りつけてきた。
「キャアッ!!」
彩花が悲鳴をあげる。
俺は軽々とヤツの拳を避けると、代わりに頬を一発殴りつけてやった。
バキッ!!
「ぐぅ…」
鈍い音と共に、崩れ落ちていく親父。
馬鹿め…俺はアマチュアだがボクシングをやっているんだ。俺に叶うはずがないだろう?
「あ…」
彩花の震える声が聞こえる。
気を失った親父の両腕を掴んで部屋の中に入れると、すぐに上がり込んだ。
その後ろを彩花が戸惑いながらついてくる。
そして…。
ダンボールが積まれた部屋の片隅に子供の頃の俺が倒れていた――。




