第2章 43 訃報
15年前の6月10日に戻って来た俺は急ぎ足で彩花の暮らすアパートを目指していた。
きっと大丈夫だ…。
彩花は無事に決まっている。
時計を見ると午前7時を少し過ぎた頃だった。
「彩花はいつも7時半に家を出るからな…。今頃はまだあのアパートにいるはずだ…」
いつものあの場所で彩花を待ち…彼女が出てきたところで偶然を装って声を掛ける。
それだけのことだ。
「早く彩花の元へ急がないと…!」
先ほどよりも急ぎ足で俺はアパートを目指した―。
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「え…?」
アパートの前にやってくると異変に気付いた。
彩花のアパートの部屋の扉が大きく開け放たれていたからだ。
「一体…何があったんだ…?」
何故かは分からないが…酷く嫌な予感がする。
「まさか、引っ越し…」
しかし、そんな考えはすぐに捨てた。口に出しては見たものの、今の状況が引っ越しだとは思えなかった。
だとしたら何故だ?何故…あんな風にアパートの扉が開かれている…?
「こんなところで悩んでいても仕方ないな…。様子を見に行った方が良さそうだ」
口の中で小さく呟き、アパートの外階段に向かった―。
カンカンカン…
音が響き渡る外階段を上り…恐る恐る彩花の部屋に近づいた。
彩花…。
心臓の動機が激しくなってくる。
大丈夫だ…あの扉の奥にはきっと彩花が…。
その時、不意に部屋の中から見慣れない中年女性が現れた。
「え…?」
誰だ?この女性は…?
「あの?どちら様ですか?」
中年女性はじろりと俺を睨みつけてきた。
その女は年甲斐もなく、きついメイクにどこか派手な服を着ていた。
どちら様?と聞かれたが…それは俺が逆に尋ねたいくらいだ。
「黙っていないで返事位したらどうですか?」
「あ…い、いえ。俺は実は彼女とは近所に住む顔なじみ同士で…アパートの前を通りかかったとき扉が開け放たれていたので、何かあったのかと思って…」
すると、途端に中年女の顔が曇った。
「そう…貴方…彩花の知り合いだったのね‥」
え…?
その言い方に背筋が寒くなった。
「あ、あの…?あ、彩花さんは…?」
俺の声が情けない程震えているのが自分でも分かった。
「その様子では…何も知らなかったようだね…。あの子は…私の娘は死んだよ」
中年女は目を伏せて答えた。
「え?」
一瞬何を言われているのか分からなかった。
「あ、あの…今、何て‥‥?」
「何だい…あんまりこんなセリフ、何度も言わせないでもらいたいんだけどねぇ…」
女はため息をつくと俺を見た。
「私は彩花の母親だよ。ずっと10年以上音沙汰なく、あの子に会うこともなく生活していたんだけど…。昨日、彩花が育った養護施設から連絡があったんだよ。彩花が死んだって…ね…」
「そ、そんな…!」
俺は目の前にあった希望が…ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた―。




