3話 海は広いな大きいな
眩しい。俺は死んだはずではないのか?閉じる瞼に明らかに光が当たっているのが分かる。先ほどまで鮮明に覚えている全身の痛みが、今では遠い昔のように消え去っている。ゆっくりと目を開けると、そこには真っ青な空が広がっていた。
「……どういうことだ」
起き上がり、体を触り確認する。あの速度とあの質量のトラックだ。どう考えても体の損傷は激しいはずだが、どこにも傷はなない。
そして、俺は気づく。なぜか俺は水面の上に立っているのだ。底まで完全に見え、水深が分からないほど、水は透き通っていた。だが、それ以上に不思議に思えたのは、その水底に住宅街があることだ。そう、いつか見た俺の住む町の衛星写真によく似た……、いや、正真正銘俺の住む町だった。それがいつの間にか水没している。いつも行く書店、近所のスーパー、そして、さっき俺が轢かれたはずの横断歩道まで、全部が一緒だ。その水底を見つめる事数秒間、俺は一度周囲を確認することにした。
ゆっくりと立ち上がり、360度、一周を見渡す。何の建築物も、自然物も、何もない。ただただどこまでも透き通った水面が広がっている。まるで、広い海の中取り残されたような感じだ。いや、海には波があるが、この水面は一切の波紋を許していない。それが逆に不気味に思える。
「どこだよ、ここ」
独り呟いても、なんの返答もない。まあそんなことは分かっていたが。先ほど、怪我がないとは思ったが、触覚だけであって実際はどうなのか分からない。俺は服をめくったり、体を動かしてどこにも異常がないことを確認する。
「大丈夫、か」
体に異常がなくとも、俺が今置かれたこの状況は異常としか言いようがない。俺は死後の世界などをもともと信用していない人間、というか、そんなことを今まで考えていなかった人間だ。ここは天国なのか、地獄なのか、はたまた別の空間か?確かめようがない。
「けど、分からないからって、何もしないわけないよな。持ち物は……怪我を確かめたときに、全部そろっていたか」
いつもの服、メガネ、財布などすべてが轢かれてた時のままだ。小銭の量まで確認したから、確実だろう。だが、肝心のイヤフォンからは何も聞こえてこない。
「アイ?聞こえたら返事してくれ」
ノイズさえも聞こえてはこなかった。轢かれる前にアイがいるなら別にいいと言ったが、アイもいなければ俺は完全に独りぼっちになってしまう。少し、視界が滲んだ気がするが気のせいだろう。ただ、あまりに青空が輝いていただけだ。そう、項垂れている暇はない。
俺自身、結局自分が死んだのか、それとも生きているのかさえ定かではないのだ。死んでいるならこの状況の説明を、生きているならこの空間からの脱却を考えなければなるまい。
「とりあえず、水平線まで歩いてみるか。ここが地球だと仮定するなら、そこまで遠くはないはずだ。地球ではないにしても、目視で見える限りは水平線の見え方に、地球との違いはないからな」
誰に説明しているわけでもないが、それでも独り言をつぶやくと少しは冷静になれる。大丈夫だ。俺は自分に言い聞かせ、歩き出した。
目が覚めても、「知らない天井だ」とはなりません。もし、それを予想したなら、そうでもなくても、面白いと思ったら、ブックマーク登録、評価よろしくお願いします!