緊張の朝
2025年、とある研究施設が事故を起こし、とある研究の記録だけを残して研究施設は跡形もなく吹っ飛んでしまった。
現場には強力な熱量と光を放つ石が残されていて、事件の原因はこの石の有り余るエネルギーが研究所を吹っ飛ばしたのだろうとのことだった。
そこら辺に転がっている石からも作れることからそれは次世代エネルギーの主力として重宝され、エネルギー源として小型化が容易な事から兵器、そしてその武装の動力源にまで取り入れられる事になった。
その石は〝イグニス“と呼ばれ、それによる発電力の向上、そしてレーダー錯乱効果からくる戦場の改革の結果、人呼んで〝ドール“という新型の人型兵器が誕生した。
それらがこの世界に普及するのに、半年もかからなかった。
「さてと...」
基本的にこの街の朝は早い。
朝の5時には日が登ってくるこの季節、朝日が差すとともに機械の稼働音がそこかしこで鳴るのだ。
人口が増えて陸地が足りなくなり、太平洋のど真ん中に巨大な人工島...まあ、島と付いているが船のようなものを作った。
そしてそこは...
『今日の注目は午後のこのレース!
〝ツバル杯“だ〜!』
そう。
島全体が汎用兵器〝ドール“のレース場であり、レーサー達の生活の場なのだ。
『今日は「専用機狩り《ワンオフハンター》」も出るそうですからねぇー、どうなるかわかりませんよ!』
レースのルールは簡単。
一つ目のチェックポイントを過ぎるまでは武装の発砲は禁止。
そこからは居住区域を出るので交戦許可が降りるから、一着を目指して戦っていくだけというシンプルなもの。ちなみに「専用機狩り(ワンオフハンター)」という名前は好戦的かつオリジナルの機体を積極的に狙う俺の戦闘スタイルのためについた異名である。
「仰々しい名前だな全く・・・」
レーサー用の寮に付属している風呂は普通に環境がいいのだが、今日はレースがあるからピリピリしているだろうと思い、今はスマホで配信を見るのを片手に銭湯に着いた所だ。
「よう、坊主。今日は勝てそうか?」
いつもここにいるおっさんだ。今日もにこやかに話しかけてきてくれた。
「わかんないけど、やることはやるさ」
「まあまあそう言わずに頑張ってくれよ?お前に賭けてるんだからな!」
ギャンブルが行われているのは知っていたが、こんなところに賭けまでしている人間がいたとは。
軽く驚きつつ、いつものように財布を取り出しながら軽く流した。
「はいはい...じゃあオッサン、入浴料」
「今日はいいから!負けたら貰うけど今はいいんだよ!」
「マジ?悪いな」
「ああ、いつも儲かってるからな!お前に賭ければ確実に儲かるって言ったらがっぽがっぽさ!」
マジか。金までとってんのかよ。っていうかそこまでやったら逆に儲からなくなるんじゃないのか?オッズ的に。
まあ気を取り直して。
のれんを潜り、脱衣所に入る。
さぁ、気合を入れなきゃな。
「お、武蔵か!」
「げっフィオナ...」
せっかくレーサー仲間を避けようとしたのにここにもいたのか...。
正直がっかりしながら体を洗っていった。
喋りかけてきたこいつは親友のフィオナ・シュターゼン。
俺専属の情報屋で、容姿はヨーロッパ系の蒼い目に短い金髪で、俺よりガタイのいいイケメン...誠に羨ましい限りである。
「今日はレースだな!」
「ああ、だから避けようとして銭湯まで来たのにこっちにいたとはな!畜生め・・・」
静かに握りこぶしを作ってボソッと吐き捨てた。が、静かな浴場の中で響くには十分すぎる音量だった。
「怒ってるのか?」
「いや、そういうのじゃなくて...
集中したいんだよ。ピリピリした空気の外でさ」
なんだかアホらしくなって冷静になった。・・・少々癪だが。
「あ〜...お前らしいな。
んで今日参戦する注目の専用機といえば〝ノーブル・ホワイト“だけど、パイロット女の子らしいぞ?」
それは俺も知っている。オリジナルの専用機。純白の機体に高性能なフレーム。
喰らい甲斐のあるやつだといいが、なんて言ってはみるがいつも通りあっさり食われちまうんだろうな。そんな気がする。
「そうか・・・その子、お前と同年代くらいだってさ」
「...ん?」
「お?心揺れちゃった?」
「うっせ!俺だって年頃の男子なんだよ!」
「...愛鷹 武蔵」
「な、なんだよ唐突に」
いきなりフィオナが真面目な表情で俺のフルネームを呼んだせいで、俺はその視線にもろに射竦められてしまった。
「命は大事にしろよ!」
フィオナにしては珍しい俺に対する心配の言葉。
俺は軽く笑ってこう返した。
「...勿論!」
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「ふぅ...」
風呂から出て、着替えてから庭園の風を受けて体を冷やしているところに、一人の見知った顔が歩いてきた。
「武蔵君、おはよう御座います」
「なあハル、こういうレースの前は皆ここに来るもんなのか?
さっきフィオナにも会ったぜ?」
「狙ったんですよ〜、フィオナさんがきっと来るだろうって」
この腰まで届きそうな長いカフェラテ色の髪を提げたお淑やかそうな女の子はハル・ヒュッケバイン。
この子も俺と同じパイロットだ。
「〝シュトルム・カッツェ“は大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。」
この子の愛機は、専用機である〝シュトルム・カッツェ“で少し前に脚部に異常をきたしたため俺が修理をした事がある。
修理科目を学校でとっているため、機体の修理も出来る事を俺が密かに誇りにしているのをハルは知っているから俺にお願いしに来たのだ。
「今日は頑張ろうな!」
「...はいっ」
そう呟くように答えるハルの顔は心なしか格段に明るくなったように見えた。
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寮の格納庫に立てかけてある自分の機体の元に戻って整備状態を確認する。
しかしいつ見てもカッコいい。
自分の機体だからなのもあるだろうが、この空気を切り裂くようなスタイリッシュな紺色の流線型に、背中に装備された小さな天使の羽のような高出力ブースターユニットがよく映える。
高速機動戦を得意とする俺の機体に相応しいスタイルだ。
「まずはマシンガンに装填するイグニスを確保しないとだな、っと...」
補給用のマガジンをセットする、クレーンのような重機を自分で操作して不活性化されたイグニスを推進剤や武装に割り振っていく。
イグニスを噴射させ、磁気で操作できる性質を利用した刃による熱量で焼き切るイグニス式ブレードの〝サエッタ“及びイグニス式ナイフ〝スパイトフル“。
そして銃弾内部に炸薬として搭載されたイグニスが空中で凄まじい活性化反応を示す性質を利用した中〜遠距離武装として有用なイグニス式...ではなく、昔いたという伝説の銃技師の名を冠した実弾武装の55.6mmマシンガン〝ブローニング“を装備している。
元が量産機のため機体に内蔵された武装はないが、これでも十分戦える。
「武装、よし」
次に外板だ。
フレームとその周辺の内蔵機器を保護するための装甲板を兼ねた外板は、空気抵抗削減のために出来るだけ凹凸を減らす事が重要だ。
装甲を厚く設計しすぎると重量が増して性能が落ち、薄くしすぎると性能が上がるかわりに少しぶつけただけで凹んだりするようになってしまうため重要な部分だったりする。
この機体〝グラディエーター・カスタム“は元になった機体である〝グラディエーター“から装甲圧は変わらず、他の機体から腕や背部ユニットを移植したりしているが装甲圧は全て揃えている。
たまにある外板の凸凹を探し出して交換するのだが...今日は無いようだ。
「外板、よし」
次にカメラだ。
頭部の各所や背部にあるサブカメラと複眼式のメインカメラを一点の汚れもないように全て磨き上げていく。
「よし...行けるか?〝グラディエーター・カスタム“」
...ちょうどその時、不穏な無線がコックピットで受信されていた。