二
会社の駐車場に入り可奈をエレベーターに誘導すると、紀子は四階のボタンを押した。紀子が勤めている会社の本社は六階建てで、システム事業部は四階にあった。そのフロアには庶務課、管理課、営業課、開発課がそれぞれ小さな島を形成している日本の典型的なオフィススタイルになっていた。どの机の上にも液晶ディスプレーがあり、書類とペットボトルが無造作に置かれていた。
エレベーターからみて正面奥の部長室に隣接する応接室には、部長と課長が東京からの招かざる客を待ちわびていた。パーテーションで仕切られただけのその部屋は、応接室というのは質素すぎるつくりだったが、いくらか高価に見える応接セットがかろうじてその部屋の格調を保っていた。壁にはメーカーの名前の入ったカレンダーと一枚の油絵が掛けられていた。
「遠いところをようこそいらっしゃいました」
可奈は壁の絵に興味を持っているようだったが、部長はそれに気づかずに名刺を差し出すと、紀子にお茶を要求した。
昨年S級ライセンス保持者として入社した彼女は現在では主幹と言う肩書きを持っている。部下を持たない課長と言ったところだ。したがって紀子に運転手やお茶くみなどをさせるべきではないのだが、今の部長は市役所から早期退職で移ってきた人間だったので、新人の紀子にそういたことをさせることをどうも思ってないようだった。
恵子が人事に申し立てをすべきだと何度も紀子に進言したが、当の本人はそう言った雑務は嫌いではないのですすんで引き受けていた。
給湯室に入ると恵子が待ってましたとばかりに紀子の腕をつかんだ。
「どんな人」
「なんか変な人」
「すごい若いんじゃない」
「五十くらいみたい」
紀子の母親は三十二歳で彼女を生んだ。その母親と同じくらいの年と言うからには、多分その位だろう。
「うそでしょ」
「でも本人がそういってたの」
「どう見たって高校生じゃない」
佐田恵子は紀子と同期入社だが、地元の情報系の大学を卒業しているので今年で二十二歳である。専門の学部にいたとはいえまだA級を取得したばかりで、S級を持っている紀子より社内待遇は低い。ただそんなことを気にしない陽気さがあって、年下の紀子に対しても何かと「同期」であることを強調し、友達としても気心が知れた仲であった。
紀子はコーヒーを人数分用意すると、砂糖とクリームを小皿に入れて応接室に運んだ。カップから漂う匂いがいつもより上品だ。恵子が気を利かして高い豆ので入れておいてくれたのだろう。
「失礼します」
部屋に入ると会話が途切れた。よっぽど重要な会議らしい。紀子は急いでコーヒーを配り終えると部屋を出ようとした。
「山下君ちょっと」
部長に引き止められた紀子はその場で立ち止まった。
「君、今からこの方の担当になったから」
「わたしがですか」
紀子は自分で自分を指差して思いがけないご指名に戸惑った。
「S級でしょ。それで十分よ」
可奈はにこりとともせずにそう言うと紀子を見た。その視線は鋭く紀子の胸に突き刺さった。
「と言うことなんでよろしく頼むよ、山下君」
部長は額の汗を、似合わないブランド物のハンカチでぬぐうとコーヒーを飲み干した。