六
時計を見ると次の列車の入線時刻になっていた。プラウザの履歴をすべて消して、残ったコーヒーを飲み干すと、レジの美鈴に手を振って駅の改札へと向かった。駅は建て替えてからかなりの年月が経過しているが、ガラス張りに鉄板の外壁、吹き抜けのエントランスは当時の流行だったようだ。
瑞希は持っていた携帯端末を自動改札機にかざすとそのままホームへと進んだ。この駅は終端駅なので階段を上り下りしなくても列車にたどり着ける。そこには単行のディーゼルカーが大きなエンジン音を響かせて発車の合図を待っていた。煙突から元気なさげに吐き出される黒い煙を見ると、地球温暖化という言葉がいつも頭の中に浮かぶ。
「おーい、瑞希」
乗り込んだ瑞希を待ち受けていたのは白のワイシャツに黒い制服のズボンをはいた長身の男子高校生だった。斎藤信二は笑って手を振っていた。
「この時間に乗るなんて珍しいな」
「里子と買い物していたら一本乗り遅れたの」
「またあの店か」
信二も何度か連れていかれたようで、うんざりした表情がそれを物語っていた。ぶら下がるように両手でつり革をつかんでいる信二は窓から見える海を見ていた。信二とは小学校の時からの付き合いで、小さい頃は里子と三人でよくあそんだ。瑞希とて信二に対して少なからず想いはあったが、里子が信二と付き合うことになったと聞いた時は両手を上げて喜んだ。そして少し泣いた。
それ以来、別に意識してたわけじゃないけれど、信二とは距離を置く結果となった。
「俺のこと避けてない」
何時だったかこうやって乗り合わせた時、信二がさびしそうそう言った。
「別にそんなことは無いよ」
実際そうだったし、そう答えるしかたかったのだが、その時も信二は窓の外を見ていたように思う。
「お姉さん、駅前のネットカフェで働いているんだね」
黙っていると押しつぶされそうになるのを感じて、瑞希は口を開いた。
「何で知っているの」
「今寄ってきたの」
「そっか」
会話は終わった。もともと信二は口数が多いほうではなかったし、三人でいる時はほとんど里子が会話を仕切っていた。瑞希は会話の続行をあきらめると、ひとつのつり革に両手でつかまって腕の間から窓の外を見た。
何本も連なる引込み線と忘れ去られたかのように並んでいる客車たち。奥の車庫からは特急列車が頭だけ出して停まっている。少し視線をあげるとバイパスとなっている橋があって、その向こうに赤と白で塗られた縞模様の巨大な門が見える。それは昔大型船を造る時使われたとひいじいちゃんが言っていた。造船ドッグのクレーンは何十年も前から止まったままその姿をさらしている。
「あのクレーンさ」
信二は同じ物を見ていた。
「どうしてまだあそこにあるのかなぁ」
既に役目を終えていた。ただ思い出のためだけにあれは残されているんだ。そう思ったときちょっとだけ悲しい気分になった。信二の横顔をみると同様に寂しさを感じているようだった。
「どうしたの突然」
列車が走り始めたとき、瑞希は自分に言い聞かせるように言った。
信二は驚いたような顔をして瑞希を見ていたが、少し照れて大きく伸びをした。
「いや、別に」
「そう」
加速した列車に合わせて大きくゆれた信二の肩が、瑞希の頭にかすかに触れた。
瑞希は流れる建物を目で追いながら、「里子に悪いな」となんとなく考えていた。