四
「おまたせしました」
考えてもわからない事でもつい考えてしまうものだ。けれどその考えるという行為は、再びアクセサリーショップ前のベンチに戻った瑞希の前に、少し遅れて現れた里子の声に遮られた。
二人は海沿いを少しもどって、坂の途中にある公園のベンチに座りソフトクリームを食べることにした。その公園からは港が一望でき、ベンチの上に藤棚のような囲いがついてる。公園の色とりどりの草花は綺麗に手入れされていて、観光客の心を和ませていた。
歴史的建造物の黄色い外壁が木々の隙間から覗いているこの公園は里子のお気に入りだったが、瑞希はどっちかというと違和感を感じていた。その建物が周りの景色から浮いて見えるのだ。そこがいいんだと里子は言うけれど、瑞希はうなずけなかった。
夕方に差しかかろうという時刻のためか、公園には人影もまばらだったが、黄色い洋館の周辺にはそれでも多くの観光客が記念写真をとる義務を果たそうと躍起になっていた。
公園のそばにあるソフトクリーム店は観光客にも大人気で、いつもなら行列ができているのだけれど、今日は運のいいことに並ばずに買えた。運の悪い瑞希の上を行く運のよさが里子にはあるに違いない。二人はいつもどおりバニラ味を注文した。
「いつ食べてもおいしいよね」
落ち込んだ気分を払拭するかのように瑞希が歓喜の声をあげる。ここのソフトクリームは甘さが控えめで牛乳の味が強い。地方から来た観光客がその牛乳の濃さに顔をしかめているのを何度か見たが、瑞希にはこの濃さがたまらなかった。
しばらくソフトクリームの幸せを堪能していた瑞希の運の悪さは、またもや彼女の頭上に君臨した。
特にこれといった趣味も無く、青春を「暇」の一文字にささげているような五人の男たちが瑞希とその友人の前に現れた。彼らは人影のまばらな公園のベンチに二人の――うち一人はずば抜けてかわいい女子高生をみつけ、にやつきながら近づいてきた。
「一緒に遊ばない?」
思わず瑞希は笑ってしまった。よくもまあ、ありきたりでひねりも無い台詞をはくものだとおもった。けれどすぐに少し困った状況にあることに気づいた。いまは里子と一緒だった。瑞希一人ならともかく里子がいると少しやっかいだ。黒帯の瑞希にとってこの程度の男たちは取るに足りなかった。がしかし――。
男のうちの一人が予想どおり里子の腕をつかんで持ち上げた。
「やめなさい」
瑞希は警告した。その男は聞こえなかった様ににやけた顔をしいたが、そのまま地面にぶっ倒れた。驚いて隣を見ると、そこにはソフトクリームを口に咥えたまま正拳突の格好をしている里子がいた。
「なにしやがる」
突然のことに動揺しながらも、その男の仲間は里子に襲い掛かったが、すぐにさっきのにやけた顔の男に折り重なるように倒れた。彼のみぞおちに里子のけりが決まったのだ。
瑞希も後ろから近づく男に肘鉄を食らわすと、もう一人をあっという間に殴り倒した。
「あんたいつのまに」
最後の一人に回しげりを決めてから、瑞希は驚きを隠さないで里子に尋ねた。
「自分の身は自分で守らないといけませんから」
里子は口に咥えていたソフトクリームを取り出してそう言った。
「それよりいいんですか? これ」
倒れている男たちを見て、瑞希は大きくため息をついた。彼らは制服を着ていたうえ、なぜか丁寧に襟に校章をつけていたので、同じ高校の3年生だとすぐにわかった。よく見ると一人は空手部員のようだ。油断したのかもしれないが、こんなに弱いとは情けない。
瑞希たちのするべき事は明らかだった。二人は逃げるように公園を去った。
「わたしはいいんですけど、目立っていますから。でも瑞希はねえ」
「今は反省しています」
「何かあったんですか」
里子が心配そうに顔を覗き込む。かなり無理して、瑞希は今のイメージを創り上げてきたのだ。それをあっさりと捨ててしまうようなことは里子には考えられなかった。
「昼休みのことですか」
里子は最後のコーンを口に入れた。
「それもあけるど」
瑞希は今思い出したように首をふった。
「ジャンクショップの親父がさ。わたしのこと知っていたの」
「瑞希のことをですか」
「いや」
瑞希は、周りに人がいないのを確認してから答えた。
「ウエストアイのこと」
通常ハンドルネームと実在の人物の顔を一致させることは不可能である。それは身内から情報がもれたあるいは誰かが漏らしたことを意味する。里子は反射的に自分が第一容疑者となりうることを察した。
「わたしじゃないです」
くだらないことを言ったとおもった。瑞希がどんな状況にあったとしても、里子を疑うことはあるはずはなかった。自分の心の狭さがいやになった。
「わかってるって」
里子の思いを知ってか、瑞希は笑って里子の頭を撫ぜた。その目が少し悲しげに光っているのを里子は見た。
「ごめんなさい」
瑞希は里子の背中をたたくと立ち止まって海を眺めた。
「そういうことを出来る人が世の中にはいるってことよね」
いつの間にか傾いた太陽のオレンジ色の光が瑞希の少し赤色の混じった髪を照らしていた。髪の毛を撫でる風にかすかに潮の香りを感じた。