二
空港の出発ロビーで、涼子は「ごめん」と「ありがとう」を繰り返しながら、いつか一緒に仕事を出来るといいねと言った。一緒にいた可奈は別に何も言うことなく憮然としていたけれど「お友達によろしくな」といって搭乗口に消えた。
「暇なときは遊びに来い。たまにはYUKIに会わせてやる」
浅野はそう言って先に帰った。
「良かったらお茶していかない」
紀子は瑞希をロビー内の喫茶室に誘うと、ケーキセットを注文した。瑞希はコーヒーだけにしておいた。
「あの人たち体は機械だから外見は自由に変えられるのよ。どこかであってもきっと気づかないんじゃ無いかな」
「いったい何だったんですかね」
瑞希は別に答えを期待していなかった。今回の出来事はすべて「夢」だった事にして、何もかもすべて忘れて「平凡な女子高生」として生きることに決めていた。今日はそのけじめをつけるためだけここに来たのだから。
「瑞希さん、進路はどうするの」
紀子が突然話題を変えた。
「看護の専門学校にでも行こうと思ってます」
「うちの会社にくればいいのに。瑞希さんなら大歓迎だよ」
「でも、そっちの仕事はしたくないんです」
ハッカーとしての自分は本当の自分だとしても、それは自分の生き方では無いと思っていた。だから、それを一生の仕事とする事に瑞希は抵抗を感じていた。
「瑞希さんなら特S級にだってなれるでしょ」
「そうですか」
自分を買いかぶってくれている紀子に、苦笑いで返事をした。
「引退するの?」
「いえ、ハッキングは趣味で続けようと思ってます」
「そう。いつかお手合わせお願いしますね」
紀子は笑っていた。瑞希が里子とYUKIの部屋を出た後、彼女がYUKIの端末を打ち抜いた事は、里子の見舞いに来た浅野から聞いていた。どうしてそんなことをしたのか紀子は最後まで話そうとしなかった。当然ながら彼女は自宅謹慎を言い渡され、今は事実上家事手伝いのような身分である。
「どうしてYUKIの端末を」
瑞希は、それでもそれだけは聞いておかなければならないと思って、紀子から視線をはずしたまま問い掛けた。
「どうしてかって」
紀子はコーヒーを飲み干してから答えた。
「彼女が起こすなって言ったからよ」
紀子は瑞希とメールアドレスの交換をすると「また会おうね」と言い添えて帰っていった。