一
跨線橋をわたると、瑞希はすぐそばにそびえたつ6階建ての建物へ向かった。敷地が広い上、建物自体が大きいのでそれほど背が高く見えない。近くに行っても大学ほど威圧感を感じなかった。
市立病院はこの地区の総合病院としては大きく、したがっていつも混んでいる。いつだったかほぼ半日待たされたので、近くの整形に行けばよかったと本気で考えた。
正面受付を素通りしてエレベータに乗ると瑞希は五階のボタンを押した。
五〇三号室には「阿部里子」と書かれた名札がかけられていて、ノックをすると元気な声が返ってきた。
里子の部屋は個室だった。お金に気を使う必要の無い里子の家では当然のことだろう。
「退屈なのよここ。大部屋のほうが話し相手がいるからいいのに」
里子の脇には山のように詰まれた漫画や小説があり、その脇にはノートパソコンが置いてあった。
「それ最新型でしょ」
「暇つぶしにって。でもネット出来ないのよね」
瑞希は備え付けの丸い椅子に座って、里子の顔を覗き込んだ。
「よかった、元気そうで」
途中で買ってきたケーキを広げると、里子の大好きなスフレのチーズケーキと瑞希のお気に入りのチョコレートケーキが入っていた。 この店はテレビで何度も紹介された人気の店で、里子がいつもメイドに買いに行かせているのは知っていた。
「あれ、これは?」
箱の中にイチゴのミルフィーユを見つけて、里子は不思議そうに尋ねた。
「あ、それね。なんとなく。YUKIが好きだった見たいだから」
「じゃあ半分ずつ食べましょう」
もうすっかり元気になった里子をみて、瑞希は安心して笑った。
血だらけで倒れていた里子を見たとき、瑞希は心臓がとまるかと言うほど驚いた。驚いてその場から動くことも出来なかった。救急車が到着してからも、里子が運び込まれてからも瑞希は夢を見ているのではないかと思った。里子が死んだら、今までの自分の生活はすべて失われてしまうんだとおもった。泣いた。ひたすら泣いた。里子が助かることだけを祈っていた。
「分かっているの。これも運命なんだから」
病院に駆けつけた里子の母親は、とにかく謝ろうと口を開いた瑞希を制してそう答えた。
「そうよ、運命なのよ」
瑞希はその意味を探ることも出来ずにただ泣いた。
「あの人はどうなりました?」
里子はそれでも戦いの相手であった上田瑞希の容態を気遣っていた。たいしたこと無いと聞かされるとほっとしたように笑顔になった。
「かたき、うち損なっちゃいました」
「いいんだよ、里子にはそんなのは似合わないよ。それに美香も喜ばないさ」
里子は美香が首にかけていたICチップのペンダントとをしっかりと握りしめた。
「ベスト八ですよね。そういえば」
京子が怪我で欠場したため、瑞希はフリーキングマッチ五回戦を不戦勝で飾った。それでも3階連続ベスト八と言う実績は残る。
「やっぱり運が良かったんですね」
回復したからこそ言える台詞ではある。
「わたしも頑張らないと」
里子は拳を目の前に持ってきて気合を入れるしぐさをした。
「そうだこれ」
瑞希は昨日涼子が東京に帰るのを見送りにいって、里子宛にメモリーカードを預かってきた。