四
入口の扉が開いて三人がなだれ込んできたのは、紀子が立ち上がってすぐのことだった。あまりのタイミングに思わず引き金を引くところだった。可奈の予想通り、敵は外部からのアクセスを断念してYUKIへの直接的な接触を求めてきた。三人の少女の後ろには山口の姿が見える。
「やはりあんたか、山口」
可奈は懐から拳銃を取り出すとすばやく引き金を引いた。山口は響き渡る銃声が消える前にその場に倒れこんだ。倒れるその時まで山口はにやついた顔を崩すことはなかった。
紀子は手に持った拳銃を構えなおした。
「久しぶりですね。涼子先輩」
可奈が少し意地悪い口調で口火を切った。
「元気そうで何より」
涼子はそう答えるとすばやく何かを可奈のほうへ放り投げた。
それは水風船だった。
可奈の拳銃に命中し、はじけ飛んだ水しぶきが可奈のからだに飛び散った。その隙に涼子は可奈の手の中の拳銃を蹴り飛ばし、その勢いで可奈をも吹っ飛ばした。
「デスクワークに移って動きが鈍ったみたいね」
涼子は可奈を見下してそう言うと、続いて攻撃を仕掛けようと構えていた。
涼子が動くのと同時に、里子は京子に切りかかっていた。里子が持っていたのは真剣ではなく、刃の付いていないステンレス製の模造品だった。とっさに反応して里子の第一撃を交わした京子は、すばやく自分の刀を掴み取ると体制を立て直した。
「ノーザンイヤー。あなたの名前を教えてください」
「上田京子よ。あんたは」
「阿部里子です。ハンドルネームはキリュウです」
「防戦専門のキリュウか」
「あなたに言われたくありません。それに」
里子の顔が少しだけゆがんだ。
「わたしはあなたを許しません」
里子はそう言うと京子を切りかかった。里子は冷静ではなかったので、刀の使い方もかなり乱暴だった。ほとんど気迫だけで里子は京子を押さえ込んでいた。里子は自分の目に涙が浮かんでくるのを感じていた。YUKIなんて関係ない、ほんの短い付き合いだった美香のかたきを打つことだけを考えていた。そうしたからといって美香が戻ってくるわけでもないのに、里子にはそうするしか湧き上がる感情をぶつける方法を見つけることが出来なかった。京子の反撃を力で抑えながら、里子は壁際まで追い詰めた。
「まじめに戦っても勝ち目はなさそうだ」
京子は刀を思いっきり振りかぶるとそれを力任せに振り下ろした。すぐに攻撃範囲から離脱した里子の腹部に、京子の手から投げ出された刀がまっすぐに突き刺さった。
正統な剣術を習っている里子にとって、刀が飛んで来ることなど想像できるわけが無かった。力任せに放り出された刀は、追い詰めていた里子によける暇を与えなかった。
里子は相手の奥の手に対してもはや感情を抑えられる状態ではなかった。今まで出したことの無い大きな叫び声をあげて、里子は自分の刀を京子の首筋めがけて振り下ろした。
鈍い音が響いたあと、京子の笑顔がゆがんだ。
「やっぱり、勝てなかったか」
そして京子はその場に沈んだ。里子が腹に刺さった刀を力任せに引き抜いたとき、里子の目の前は真っ白になり、そのまま意識を失った。
里子が京子に激しい攻撃をしているのは心配だったが、瑞希は残りの一人を相手にしなければならなかった。彼女の後ろの端末がYUKIのコンソールであることは間違いない。瑞希は震える手で拳銃を構えている紀子に一歩ずつ近づいた。
「池田瑞希さんですね」
「そうだけど」
「無駄な抵抗はやめてください」
紀子は震える声でかろうじてそう言った。
「無駄だとは思わないし、抵抗も止めない」
「止めてください」
「お姫様を起こさないといけなんだよ」
「どうしてですか」
その問いに、瑞希は答えられなかった。そもそもどうしてこのお姫様を目覚めさせなければならないのだろう。その理由を瑞希は思い出そうとしていた。
「世界がそれを望んでいるから。だったと思うけど」
「世界って誰ですか」
思いがけない反論に、瑞希はひるんだ。
「あなたはどう考えているんですか」
わたしは、わたしはどうかだって。そんなこと考えた事なんて無い。だってこれは運命だったはず。考え込んでいる瑞希に、紀子は追い討ちをかけた。
「自ら進化するプログラムの行き着く先を見てみたくはないですか」
「何を言っているの」
「YUKIは自ら考え、自ら進化するプログラムだそうです。余りの進化の速さに恐れをなした人たちが彼女の思考プロセスを停止させた。なぜだと思います」
瑞希はいきなり語りだした紀子をだまって見ていた。
「彼らは恐れたんですよ、YUKIが神になるのを。彼女が情報を支配する事を。そして日本を、世界を手に入れる事を」
「神になんてなるはず無いよ」
「でも、人の能力を超えたとき、それを神と呼ぶのであれば、YUKIは既に計算能力で人に勝り、記憶能力で人を超え、感情に流される事無く、すべて0と1との理論で裁く。それが神ではないとあなたは言い切れますか」
「だとしても。YUKIがそうなる必要を私は……」
そこまで言って、瑞希は矛盾に気づいた。自分はYUKIを目覚めさせるためにここに来たのではないか、なのにいま、それを止めようとしている。どうしてだ。
「どうしてあんたは私にそう言わせようとするの」
「あなたの本当の気持ちが解ったでしょう。でも、私もわかったんです。私は知りたい、YUKIがどうなるのか、そしてその行き着く先を」
そう言うと紀子は拳銃を乱暴に放り投げ、端末に振り向くとキーをたたきはじめた。
瑞希は突然の展開についていけずに、そのまま紀子が操作を完了するのを見ていた。
「ちょっとやめなさい」
瑞希は思い出したように紀子を留めに入ったが遅かった。紀子は再起動のコマンドをすでに打ち終えていたのである。
可奈と涼子はずっとにらみ合ったままだった。もはや可奈に勝機は無く、ただ負けるタイミングを計っている状態に過ぎなかった。
「勝負はついているんだから降参しなさい」
「その提案だけは受けられないです。でもあなたも本気で彼女を起こすつもりは無いんでしょう」
可奈の意見はもっともだった。涼子にはYUKIを目覚めさせて悪戯に社会を混乱させようとは思っていなかった。涼子がこちら側についたのは別の理由があった。
「でも、あんたの提案も受け入れられない」
「神を誕生させるのつもりですか」
「神と決まったわけじゃない」
「じゃあ悪魔とか」
可奈は笑っていた。
「元はおなじ者だろう」
「そうですね」
可奈は懐からもう一丁拳銃を取り出して京子の眉間を狙った。
その時、あたり一面が真っ白に変わった。