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メインフレーム(2004)  作者: 瑞城弥生
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 紀子は可奈の言われるままに、相手の基幹サーバーへの攻撃をはじめた。相手はウェストアイだ。逆立ちしたって今の紀子に勝てるはずは無い。相手の攻撃がはじまったとき、紀子は思わず目をつぶった。警告のアラームがならないので不思議に思って目を開けると、攻撃型防壁が自動的に応戦しているのが解った。この間インストールした可奈のプログラムだ。紀子はため息をついてから戦況を見守った。

 市内のサーバーがほとんどダウンしているために、味方の攻撃は敵に集中している。相手が何を考えているのか解らなかったが、この状況は相手にとってもおなじだ。敵が攻撃型防壁を使用したらマシンの性能上こちらが不利だ。

 そのとき、端末に警告が現れた。


「田澤課長。市役所のサーバーに誰かがスーパーユーザーでログインしています」

「山田か」

「ええ、多分」

「何する気だあいつ」


 山田の可奈に対する敵対心は本人もわかっているのだろう。

 紀子は画面に注意しながら、再度敵への攻撃を仕掛けようとしたとき、スーパーユーザーから一通のメールが届いた。不信に思いながらもメールを開いくとただ一文だけがそこに書かれていた。画面に映し出された文字を見て、紀子は息が出来ないほど驚いた。


「自ら進化するプログラムの行き着く先を見てみたくはないのかい」


 それは紀子が思いついた台詞そのままだった。なんだって山田はその台詞を私に送りつけて来たんだろう。紀子は頭にこびりついたその言葉を思考の端に追いやって、ただ淡々と状況を報告した。


「コマンド入力確認」

「プロセス25412停止」

「攻撃型防御システムダウン」

「敵ログイン完了」

「サーバーは敵に掌握されました」


 可奈に指示されたとおり、紀子は市役所のサーバー室に電話をかけたが、呼出し音がむなしく鳴り続けるだけだった。

 電話の受話器を置くと、紀子はもう一度画面に表示された言葉を眺めた。オペレータの常識としてはサーバーへのハッキングが確認された時点で、必要に応じて端末の電源を切ることになっている。紀子はオペレーターの訓練を受けていなかったし、何よりも山田からのメッセージに気を取られていたために、その基本を実行する事が出来なかった。それは致命的だった。


「山下。なにやってる」


 紀子の様子に気づいた可奈が、なにやら叫んでいるのも耳には入っていなかった。何度か呼ばれてやっと返事をしたとき、可奈は既に大声で怒鳴っていた。


「端末を切れ、早く」


 しかし、その言葉はわずかに遅かった。画面に一枚のコンソ-ルが表示され、紀子の操作権は完全に奪われてしまった。


「すいません。遅かったです」


 消えそうな紀子の声をきいて、可奈は額にて当てた。


「京子そっちは捨てて、基幹のほうを守れ。裏からやってくるぞ」


 京子はまた下唇をかんでから小さく返事をした。ファイヤーウォールを手放したとたん、それは一気に打ち倒され、あっという間に掌握された。そして相手のコマンドは基幹サーバーに接近していた。四台のサーバーを並列化してから、京子はその能力のすべてを防御に回すよう設定を変更していた。相手の容赦ない攻撃も、四対一という状況ではさほど問題ではなかった。じりじりと相手を突き返し、まさに反撃をしようとしたそのとき――。

 

「停電?」


 部屋の明かりが一気に暗くなった。

 停電が起こると部屋の明かりが避難用の豆電球に変わり、三十分はそれぞれの機器に設置されているバッテリーが働く。十分以内に発電機が回るようになっていて、室内の照明は通常の二分の一まで回復するのだ。しかし、このときは事情が異なっていた。四台の基幹サーバー用のCVCFのバッテリーがすべて放電してあったのである。誰かが故意にやらなければ出来ないことだった。

 停電と同時に基幹サーバーはその活動を停止した。


「なんだと」


 京子がキーボードに拳をたたきつけた。


「すぐに来るわよ」


 そう告げる可奈の目は冷静だった。発電機が起動し、照明が半分だけ回復すると、紀子はすぐに近くの端末を立ち上げた。YUKIは生きていた。彼女の巨大なバッテリーは十分に機能していたし、発電機からは電気が送り込まれていた。


「これを渡しておく」


 可奈は自分のスーツケースから小さい拳銃を取り出すと、紀子に渡して使い方を説明した。


「この端末を死守すること。最悪の場合は破壊してもいい」


 紀子は頷かなかった。それでもやっぱりそうするしかない。紀子は覚悟を決めて拳銃を握り締めた。YUKIのプロセスを直接起動出来るのはこの端末だけだ。この端末を破壊すればしばらくはYUKIにアクセスできない。つまりYUKIは一時的ながら完全に眠ってしまうのだ。社会的な損失は計り知れないだろう。紀子は組織というものを分かっていたつもりだし、それに従うべきことは理解していた。けれど山田の送りつけてきた言葉が頭の中を駆け回っていた。


「自ら進化するプログラムの行き着く先を見てみたくはないのかい」


 次第にそのことばは紀子の頭を支配していく。現状の認識も、今やるべきことへの意識もすっと遠のいていくような感覚に襲われていた。


「回線の状況は」


 可奈の問いに紀子は我に帰った。


「外部への接続は不可です。ルーターの故障だと思います」


 多分さっきの停電でルーターの一部が吹っ飛んだのだろう、ユキの端末から外部へのアクセスはできなかった。けれどYUKI自体は近くの別のメインフレームと直接的に接続されているはずだ。取り合えずこの地域以外への混乱は避けられるだろうと紀子は考えた。

 YUKIにいくつかのロックをかけると、これからやってくるだろう敵に対して応戦の準備をしなければならなかった。もう一度手の中の拳銃を握り締めると、紀子は銃口をまっすぐ入口に向けて立ち上がった。

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