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メインフレーム(2004)  作者: 瑞城弥生
21/29

 いつものことだったが、授業には実が入らなかった。数学の公式を暗記させたり、英語のイディオムの小テストを絶対のものと信じている先生方に半ば軽蔑しながらも、瑞希は「夢」に出てきた少女の事を考えていた。 歳は同じくらいかそれより上だったが、そもそも実在するのかどうか怪しいところだ。情報処理の教科書をぱらぱらとめくっていると、瑞希はある一行に興味をひかれた。


「YUKIの最初の実験は、偶然にも雪が降っていた」


 瑞希の中でひとつの考えが閃いた。そうかあれは「YUKI」なんだ。そう考えれば、メモリーカードの中身も説明がつく。あの中にあったプログラムはきっと「夢」を起動するものに違いない。瑞希はもう一度「YUKI」に会いたいと思った。

 

 授業が終わってから、瑞希は里子と教室に残って、お迎えのロールスロイスがやってくるのを待っていた。信二や里子の元親衛隊員を先に返してから、二人で「ユキシステム」という分厚い本を読んだ.それは一般人には手の届くような金額の本ではなかったが、里子の家には昔から置いてあったらしい。彼女の母親も昔S級をとった事があったとその時初めて聞いた。

 校門にロールスロイスを発見すると、瑞希は里子と一緒に校門に急いだが、門を出たところでブレザーの制服を着た少女に道を塞がれた。


「今夜は返さないから」


 男に言われれば顔も赤くなったろうが、そのときの二人は開いた口がふさがらない状態だった。少女は冗談が通じなかった事に少し不機嫌になりながらも、冷静に二人を誘導した。二人に渡された名詞には「株式会社ユキシステムズ システム事業本部システム運用課 課長 杉中涼子」とかかかれていた。


「課長さんなんですか」


 里子が驚いた声をあげた。


「なんでそのブレザーなんですか」


 涼子の着ているブレザーは、瑞希の学校から十キロ以上はなれたところにある普通高校の制服だった。瑞希は課長とか言う人物が高校の制服を着ていることに疑問と胡散臭さを感じた。


「この際そんなことはどうでもいいんだ。あなたたちには手伝ってもらいたいのよ」

「それもお願いじゃないんですか」


 瑞希は例の少女に言われた言葉を思い出してぶっきらぼうに返事をした。


「そうね。そういうこと」


 涼子の笑顔はとても素敵だったので、それがやけに癪に障った。


「で、何をしろというんですか」

「お姫様を起こすのよ」

「それはわかってます」


 あらそうという顔をして涼子は「眠り姫覚醒プロジェクト、実力行使編」という数枚のプリントを差し出した。表面にはマル秘の文字が赤く書き込まれていて、用紙の下のほうには「株式会社ユキシステムズ」とあった。


「つまり、遠隔再起動に失敗したら直接乗り込むと」

「そう。簡単な計画でしょ。あなたたちどっちの才能もありそうだから」

 

 涼子はロールスロイスの助手席に乗り込むと運転手に行き先を告げた。車がたどり着いたのは産業支援機関の貸しインキュベータルームだった。車庫を大きくしたような空間はあらかじめ基本的な設備が整っていて、事務所や工場として利用できる。

 部屋に案内された瑞希は中の設備に驚いた。

 そこには大きな基幹用スノウサーバーが設置されていた。瑞希はそのサーバー持つオーラに圧倒されそうになった。


「これを使うのよ」


 涼子がサーバーを眺めながらいった。


「でも、YUKIの護衛はファイヤーウォールと四台のスノウサーバー。圧倒的にこっちの部が悪いから、かく乱したあとは直接寝室に突撃ってところね」


 放心している里子に、涼子は言葉を続けた。


「あなたの敵は、そのファイアーウォールを担当しているはずよ」


 里子の目が光った。それが涙だったかどうか瑞希には判らなかった。


「その人は誰なんですか」


 涼子は考えているかのようにしばらく目をつぶり、そして言った。


「ノーザンイヤー。それがあなたの敵よ」


 その名前を聞いて瑞希は動揺した。フリーキングマッチの次の対戦相手である。瑞希が口を開く前に、里子が静かにつぶやいた。


「すばらしい相手ですね」


 里子の唇がわずかに震えてる。顔を上げた里子は瑞希も初めて見るような表情をしていた。かわいらしい里子の顔は敵意で一杯だった。里子がゆっくりと端末の前に座るのを見計らって、涼子は作戦を二人に話した。


 涼子の作戦は簡単だった。市内に点在するサーバーをウィルスで一時的にダウンさせれば、YUKIのファイヤーウォールが見つけやすくなる。見つけたら正面から撃破し、混乱を生じさせた隙を狙って建物に突入するという筋書きだ。作戦の単純さに比べれば、実際の作業はかなり難しかった。


「さてと、はじめますか」


 涼子の合図で、まずは市内にウィルスをばら撒いた。それはサーバーに侵入しシャットダウンのコマンドを実行する単純なもので、こういった作業は瑞希に任せて置けばよかった。すぐに市内の九割のサーバーが沈黙した。古いバージョンのOSではコマンドの形式が異なるため、ウィルスが作用しないものもあったが、涼子の見込み通りそれは全体の五%程度だった。程なくし市内の九十六%のサーバーのダウンが確認された。


「市役所のサーバーは生きてますね」


 涼子にとっては意外ではなかった。敵があのロートルに仕掛けをしているのは間違いない。


「私が先に行きます」


 里子が攻撃を仕掛けた。相手のファイヤーウォールは頑強で、普通の攻撃ではびくともしなかった。里子がいつもと違った対戦をしている事は、瑞希の顔を見ていれば一目瞭然だった。瑞希のの顔は明らかに不安で一杯だった。


「別方向からの攻撃を確認」


 一歩も譲らない防衛戦の最中、別のサーバーから攻撃を受けた。スタンダードな攻撃法だったので、瑞希にもすぐに対応し反撃を開始したが、その直後、相手から一斉射撃を受けた。


「攻撃型防壁」


 市内のサーバーをダウンさせていたため、相手の攻撃型防壁はまともに瑞希たちを狙ってくる。これでは自分で森をなぎ倒して相手に位置を知らせたようなものだ。


「ほかへの被害が少なくてよかった」


 涼子がつぶやくのを瑞希はあえて聞き流した。確かにこの防壁の攻撃力はすさまじく、一般企業や個人のサーバーが生きていればたちどころに致命的な損害を受けたに違いない。涼子のばら撒いたウィルスは一般のサーバーが被害を受けないようネットから切り離すだけのために送り込んだものだった。

 それでも瑞希にそんな事に感心している余裕は無かった。

 次々に襲い掛かるウィルスは、多くは防壁により無効化されるが、それでも幾つかの新種のウィルスを、瑞希は手動で取り除くしかなかった。

 そのとき里子がポケットからメモリーカードを取り出し瑞希に投げてよこした。


「目には目をですよ」


 額に汗をにじませながら里子は微笑んだ。

 瑞希がメモリーカードからソースを読み込んでコンパイルするまで、相手の攻撃が緩まる事は無かった。コンパイルが終了し、実行しようとしたそのとき、相手の攻撃がぴたりとやんだ。


「うまくやったな」


 涼子がため息をついた。

 瑞希は相手のサーバーにログインして、ルートの権限を奪回した。


 冷静に。いくらそう考えても湧き上がる怒りは抑えきれないようで、いつもより乱暴に、そしていつもより積極的に、里子は相手の防御を崩しにかかっていた。


「さっきの返してください。コンパイルしたのがいいです」


 瑞希が相手のサーバーを制圧したのを知ると、里子が何かを察したかのように叫んだ。

 瑞希はあわててファイルをメモリーカードに移すとそれを里子に手渡した。


「先手必勝です」


 里子がプログラムを起動したと同時に相手も無差別な攻撃を開始した。おなじ防御タイプの二人の対戦はすごかった。フリーキングマッチでは見られない容赦の無い戦いだった。いつもと目つきの違う里子を瑞希は少し心配し始めた。


「瑞希。ちょっと」


 首筋までたれた汗を腕でぬぐいながら、里子は新しい作戦を瑞希に提案した。

 それは、先ほどまで相手が使っていた端末用回線からサーバーに侵入する方法である。基幹サーバー同士はある一定のルールーの元で交信を行うことができる。それは物理的な遮断以外対抗策がないものだ。相手のオペレーターが端末の電源を切っていれば不可能だがまだ生きていればコントロールを奪う事もできる。

 やってみる価値はある。瑞希は早速端末での操作を開始した。

 

 里子の戦術が効を奏して、相手はファイヤーウォールを捨てて基幹サーバーに逃げ込んだ。


「逃がさないわよ」


 里子が普段使うことの無い言葉を興奮しながら発した。

 瑞希はすでに相手の端末を制圧していたので、基幹サーバーへの攻撃を開始したが、相手は四台の基幹サーバーである。こちらと能力の差は歴然としていた。瑞希の攻撃は効を奏せず、里子も追い詰められていた。  

 やがて相手の攻勢が極限に達して、もやはこれまでと思った時、何の前触れもなく相手の端末が沈黙し、里子の攻撃型防壁が相手を見失って自らを攻撃する構えを見せた。


「落ちたの?」


 あっけに取られている里子の後ろで、涼子は微笑んでいた。


「電源を落としたのよ。CVCFも放電済み。これでYUKIにアクセスできるはず」


 瑞希はすぐにYUKIを探したが、そこへの接続路は完全にたたれていた。


「見つかりません。回線がダウンしてます」

「ルーターも逝ったみたいね」


 涼子は別に戸惑う風でもなく冷静に、そして力づよく言った。


「それでは行きましょうか。眠り姫のお部屋へ」

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