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メインフレーム(2004)  作者: 瑞城弥生
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 工藤美香から見ても池田瑞希はあまりぱっとしない普通の女の子だった。阿部里子の普通を逸脱している可愛さと財力に寄生するつまらない奴だと思っていた。それは美香が別に特別可愛かったわけではないということより、普通である瑞希が普通でない友人を持っていたという嫉妬だからかもしれない。

 高校に入学すると、里子を崇拝する幾人かのグループが出来て、美香もそこに参加していた。ただの「先輩」ではなく憧れの姫としての地位を里子は余り気にかけている風でもなく、後輩からの執拗なアプローチを笑って受け止めていた。

 里子が信二という幼馴染と付き合っているという噂を聞きつけた「親衛隊」の一部がその二年男子に抗議をしにいったのだが、そのほとんどが旗を翻す結果となったため、程なく親衛隊は解散した。

 数ヶ月が過ぎ、元親衛隊の多くが自分の幸せを見つけていたころ、美香はウエストアイというS級ハッカーに夢中になった。まだA級だった美香は彼女に追いつくことが夢だったのだが、ウエストアイと里子をダブらせて見ていたのも事実だった。


 兄弟も父親もいない美香にとってハッカーは、というかコンピューター自体疎遠なものであった。小中学校の授業ぐらいはマスターしていたけれど、家に端末は無かったし、ハッカーの友達には恵まれていなかった。家に端末が無かったのは家計が苦しいという事もあったけれど、母親は会社で用を済ませていたし、第一家にいる時間が極めて少なかったから、娘が端末を使いこなせる状況からかなり離れていた事を知る機会がなかったのだ。


「やってみなよ。そうしたら分かるよ」


 高校に入って最初の友達である沙紀がハッカーのすばらしさを主張し、半ば強制的に協会への加入をさせられた段階では、美香は沙紀に感謝する事など無いと信じていた。


「やっぱ才能ってあるんだ」


 約三ヶ月で美香がA級ライセンスを取得したとき、沙紀はため息混じりにそう言った。沙紀は美香の一ヶ月あとにB級に合格した。


 美香は先月見つけたジャンクショップへ足を運んでいた。古いHDDからデータ―を落としてくれと頼まれたのだが、その規格のパソコンがどんなにがんばっても動かないのだ。同世代のマザーボードがあれば何とか起動はできると考えて店に入った。

 店の中は相変わらず狭くて暗い。秋葉原の標準スタイルでネットワークカードを睨みつけている男の脇を通り抜けて、マザーボードの棚にたどり着いたとき、一人の少女が店に入ってきた。その少女は美香と同じ制服を着ていてた。そしてその美しい顔を美香が見間違えるはずは無かった。


「うそ」


 美香は今日の運勢がよかっただろう事を確信した。里子の姿を認めると美香は目で追いかけた。声をかけるなんて事は考えつかなかった。それよりも里子がここに要る事が嬉しかった。彼女がハッカーだった事を喜んだ。里子はS級のハッカーであることは事実だったが、美香が考えていたそれとは異なる目的があったのもまた事実だった。

 里子が店の親父と二,三言話して店の奥に入っていったとき、美香は好奇心だけで行動していた。部屋の入口の声が聞こえるぐらいの所に隠れて静かに話を聞いていた。その内容は衝撃的だったが、しかし美香が理解できる範囲を超えていた。なぜだか里子との間に見えない壁があるような気がして、美香は帰ろうとした。そのとき視線の片隅を背の高い少女が横切った。そして、その手に収められていたものに美香は気づいた。

 恐怖というのを初めて体験した。美香は立ち上がることさえ出来なかった。

 

 陶器の割れる音がして、里子が奥の部屋から転がり出てきても、美香は里子に声をかけることが出来なかった。里子の白いセーラー服は真っ赤に染まっていて、額から流れ落ちる汗も少しばかり赤かった。

 逃げる様に店を出た里子に続いて、さっき美香の視界に入った背の高い少女が通り過ぎた。見つからないよう祈りながら美香は何が起こっているのか考えようとしていた。


「血と刀」


 時代劇でもなければファンタジーゲームでもない、これは現実なんだ。そう自分自身に言い聞かせながらもその答えに自信が持てなかった。けれど、里子が危険であることは明らかだったので、ふらつきながらも立ち上がると急いで里子のあとを追った。

 顔に血がついているのだから顔を洗うだろう。そう冷静に考えている自分に驚きながらも一番近いトイレに入ると、奥の手洗いに里子を見つけた。しかしその後ろにはあの少女も立っていた。

 美香はとっさにその少女に向かって走り出していた。このままでは先輩が殺される。どうしてそう思ったのか分からなかった。でもそう思ったからこそ美香は長身の少女にタックルをかました。


「先輩!」


 少女がよろけてトイレのブースに体を預けたのを確認して、美香は自分でも感心する速さで里子の手をつかむとトイレから駆け出した。

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