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メインフレーム(2004)  作者: 瑞城弥生
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 今回は調子が良い。

 それ以上に運が良かった。同じブロックにライバルの名前は見つけられなかったし、一回戦はシードだった。二回戦の相手が初歩的なミスをし、三回戦の敵が自滅した時に、今年の運をすべて使い切ったのではないかとさえ思った。


「絶好調ですね」


 四回戦の相手を二十五分三十二秒で破った時、耳もとで聞きなれた声が響いた。


「運がいいみたい」

「運も実力のうちですよ」


 怖いくらい運がいい。四回戦ので戦った相手は、防御プログラムの設定値を間違っていた事に、敗れるまで気づかなかったに違いない。

 今までこんなに楽に勝てた事は無かった。

 池田瑞希は二十一インチ液晶ディスプレイの前で上下に調整可能な椅子の上にあぐらをかいて座ったままで、肩の凝りをほぐすかのようにマイク付ヘッドホンをかけた頭を左右に振った。少し茶色の混じった髪の毛の先がそれにあわせて肩をなでる。


「なんか怖くない」

「そうですか。この調子で次ぎも行きましょう」


 のんきな声が耳に響く。

 手元のトーナメント表によれば、次の相手は「スモールストーン」の予定だ。常連だしまず間違いは無いだろう。


「彼が相手なら楽勝ですね」


 さらりとヘッドホンの向こうの声が言ってのける。彼とは初対戦になるが今までの成績を見ていればその実力は容易に想像できる。


「冗談でしょう」


 勝てるかどうかは試合が終わるまで分からないが、実力より今の運の良さが瑞希に気持ちの余裕を与えていた。程なく次の対戦相手のキャラクターが表示された。


「まさか」


 それは瑞希の予想を裏切った。


「ハッカーに資格と順位を与え、競い合う事でより高度な技術と知識を習得し、健全な情報化社会の育成に寄与する」


 崇高な目的をもちハッカーに社会的人権を与えた「全国ハッカー協会」は、試験と競技によりC級からS級までの四つの資格と、特S級という特別な資格をつくった。それは確かな技術力と知識力を証明するものとして社会的に認知され、ネットワークの世界ではその資格が幅を利かせていた。競争心を煽り技術の向上をさせるのは古来より良くある方法だったが、この作戦が効を奏して違法ハッカーは減少した。

 協会が主催する数ある競技の中でもっとも注目を集めているのがいま瑞希の参加しているフリーキングマッチである。「フリーキング」とはもともと電話ネットワークに不法侵入して無償で長距離電話をかけたり、電話を盗聴したりすることだが、一般的にはネットワークのセキュリティを侵すことを意味する。フリーキングマッチはいわばセキュリティー破りの競技である。

 参加者はまず自分のサーバーを組み立て、オリジナルのセキュリティーシステムを構築する。次にウィルスなどを駆使して相手のサーバーに入り込む。自分のサーバーより先に相手のサーバーを落としたほうが勝ちだ。時間切れの場合は判定となる。トーナメント方式で最後まで勝ち残れば優勝だ。柔道なんかの競技と基本的な考え方は変わらない。

 もちろんその様子はネットで公開され、ハッカーやパソコンオタクたちの娯楽一つとなっている。とくに出場者固有のCGキャラクターが画面上で戦うという実況放送は一番の人気である。攻撃や防御に使われるコマンドやプロセスを一定の法則によりキャラクターの動きへと変換する。その様子は異種格闘技戦といった趣である。さらにこの競技はギャンブルとして政府に公認されており、その利潤は国家予算の一部となってネットワークのインフラ整備に一役買っていた。

 CGキャラクターは、その戦闘成績や個人データからイラストレーターが勝手に作り上げたもので現実の出場者の容姿とは異なる事が多い。それが逆に個人情報の保護という面からは歓迎されているのだが、どのキャラクターも一昔前に流行ったロールプレイングゲームの登場人物のようにかっこよく作られている。

 瑞希のキャラクターも例外ではなかった。

 羽織袴をきた少し童顔でボーイッシュな髪型のキャラクターは、背こそ高くないが体型は理想的だった。実際の瑞希がロングヘアーでおっとりとした目立たない顔つきでやや寸胴という事を考えれば詐欺もいいところだ。まあでも、背の高さは合っている。それがちょっと寂しかった。


「おめでとう、瑞希。これでベスト八だね」


 阿部里子の甘ったるい声が瑞希の耳に響く。本戦は二百五十六名でのトーナメントとなるため、五回戦に勝てばベスト八となるが、そのためには次の試合に勝つ必要がある。


「気が早いって」

「そうですか?」


 少し意地悪い返事をした里子は、小学一年から高校二年のいままで瑞希と同じクラスの幼馴染である。瑞希は中学進学と同時に協会への登録を済ませた。その後を追うように里子も登録したが、先にS級に合格したのは里子で、声に似合わず堅実で強固なプログラミングを得意としている。ただ、戦いには向いていないみたいで、S級の必須科目のフリーキングマッチでは「自分はやられないのに相手を倒せない」という致命的な戦略のため、いつも相手の自滅待ちか時間切れの判定という結果であった。


「戦いからは何も生まれないんですよ」


 べつに平和主義というわけでもないのに、里子はいつもそう弁解する。


「でも愛が生まれたりするとドラマになるんですよね」


 そして必ず少女チックな妄想に浸るあたりが彼女の「もてる」秘訣なんだろうと思う。いまどきそんな話は流行らないと笑うと、瑞希は持論を持ち出して対抗するのだった。


「そもそも戦争だってゆがんだ愛ゆえに引き起こされる。そう考えてみたことありませんか」


 犯罪もすべてが愛ゆえの過ち。最後はそこにたどり着きそうな里子の考えには同意できない。悪い事は悪い。社会はそうでなければいけない。


 瑞希は「ウエストアイ」というハンドルネームを使っていた。ハンドルネームというのはネット上で使用されるニックネームのことで、個人を識別する手段として使われる。

 協会に加入するとまず登録ナンバーがもらえる。瑞希は「52‐1‐29475」という登録番号だ。

 S級に合格するとハンドルネームの使用が認められる。つまりハンドルネームを持つ事はハッカーにとってのステータスというわけだ。

 

 日本でのインターネット人口が約八千万人、つまり六歳以上のほぼ全員が少なからずネットの恩恵を受けている今、ハッカーの人口もそれなりに多い。もちろんその人数を正確に数えることはできないが、協会の登録者だけでもおよそ百万人といわれている。

 そのうちS級は千人近くいる。フリーキングマッチはS級の必須項目で、2年間理由無く欠場すると資格が剥奪される。対戦日にあたれば、たとえ学校の期末試験だろうが欠席しても許される。その事はこの資格の地位の高さを示していた。

 フリーキングマッチ本選に参加できるのは予選を勝ち抜いた二百五十二名と前年度ベスト四の四人である。この二百五十六人に入る事ができれば、ハッカーとしてはそれだけで大したことである。


 瑞希は今上位から十五番目の位置にいた。


 スポーツと同様にこの世界でも上位ランキング者にはファンが付きまとう。「ウエストアイ」ファンのサイトも、検索すれば五十件くらいは探し出せるだろう。

 瑞希はそういったページを見て回るのが楽しかった。時々不愉快な書き込みもあるけれど温かみの感じられるものが多かった。一度妄信的なサイトで宗教の教祖に祭り上げられているような気分に襲われたことがあった。でもそれも直接的な被害をこうむっているわけではないのでそれほど問題ではなかった。

 実際のところ瑞希にとってランキングなどはどうでもよかった。こうやって自作マシンの目の前に座っているときが一番楽しかった。


 瑞希は協会の公式サイトを開くと「フリーキングマッチ出場者リスト」に飛んだ。出場者は次の相手の簡単なデータを閲覧出来る。もちろん対戦相手のデータ―に個人情報は含まれていなが、ハンドルネームのほかに性別と年代が記載されていて、過去の対戦成績や経歴、資格なども調べられる。

 瑞希のページには、「ウエストアイ、女、十代、S級、十五位」とかかれており、登録日、登録番号、各資格取得日などがそれに続く。過去二回参加したフリーキングマッチの成績はともにベスト八。それで年度末査定の結果十五位にランクアップした。ちなみに里子は今回も入れて四回とも二回戦敗退。現在は九十八位だ。


「別に順位なんてね。楽しければいいと思うんです」


 里子の口癖だが、瑞希も同感だ。でも里子は瑞希に対しては厳しい。


「どうせなら頂点を目指さないとやる意味は無いですよ」


 正反対の事でも堂々と言い切ってしまうところも里子の人気の秘訣なのかも知れない。


 次の対戦相手のページを開いて瑞希は少し戸惑った。


「ノーザンイヤー」


 女、十代、S級。ここまでは瑞希と変わらない。同世代で同姓というところに瑞希は興味を惹かれた。順位は二百三十一位。過去五回の対戦成績は初戦敗退が二回、二回戦敗退が一回。しかし今回は組み合わせがよかったにしても四回戦突破。相手が二十四位のスモールストーンという事を考えると現在の暫定順位は五十位前後か。

 対戦記録の詳細を見たところ、どうやら里子と同じタイプらしい。つまり防衛専守型。この手の相手はやりにくい。

 そう考えてから瑞希は首をひねった。前五回の対戦では判定か相手の自滅により勝利しているのに、今回に限って短時間で決着がついている。つまり攻撃型になっただけでなく、それがとてつもなく強いという事だ。


「次もがんばってください」


 里子はそう言うとおやすみの挨拶をしてチャットを抜けた。瑞希はヘッドホンをはずしてもう一度頭を左右にふってから机の上に置いてある冷め切ったインスタントコーヒーを一気に飲み干した。ベッドの横に置いてある目覚し時計の短いほうの針が、二と三の数字の少し三よりの位置にあった。


「明日は学校か」


 難しい事を考えるのはやめよう。瑞希は着替えもせずにベッドにからだを投げ出し、その意識を夢の中へと導いた。

 瑞希から寝息が聞こえてきた頃に、机の上の端末が静かに眠りについた。

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