わからない……俺たちは感覚で成形している……
樹脂成形反り解析ソフトは本当に偉大なんですが、この時代で再現するのは無理無茶無謀というものです。
今やすっかりテイジンの"城下町"として発展した山形県米沢市。その主として君臨するテイジン米沢工場で、耀子は射出成形機をにらみつけていた。
「多分これでもダメな気はするけど……」
やがて型が開き、1枚の樹脂板が突き出される。板は型の下で動いているベルトコンベアの上に落ち、耀子の足元まで運ばれてきた。彼女はそれを拾い上げて一瞥すると、肩を落としてため息をつく。
「まーだめよね。あれだけやってもこんなに反っちゃうんじゃ確かに救えないわ」
「はい。なので現状では、ホットプレスでないとまともな部品が作れなくて、そのせいで生産効率が頭打ちになっているんです」
耀子は十年式突撃銃などに使われているテイジン製PA11-GF30材「リシニアGF30」で、成形した樹脂板がどれだけ変形するかを実験していたのだ。
反り変形とは、材料を融かして固める系統の製造法において、多かれ少なかれ発生しうる現象であり、特に樹脂材料を射出成形した時に問題を起こすことが多い。
溶けた材料が固まるとき、材料は収縮する。この収縮量が製品のすべての場所で均一ならば何の問題もないのだが、まず間違いなくそうはならないため、製品の形状が歪んでしまうのだ。これが反り変形である。
「型温を下げてもダメ、保圧を上げてもダメ、保圧時間を長くしてもダメ、射出速度を遅くしてもダメ……まあそういう報告は受けてたし、繊維入ってるからこうなるのも残当かあ……ごめんなさいね、付き合わせてしまって」
「いえいえ。何かつかんでいただけたのなら」
耀子の言う通り、射出成型の条件を変えることで、反り変形を多少緩和することができる。しかし、今回成形した樹脂板は盛大にねじくれており、成形条件の工夫だけで解決することはできそうになかった。
「えーそれでは、ガラス繊維入り樹脂材料の反り変形抑制ワークグループを始めたいと思います」
数日後、耀子は自ら材料開発課の係長をあつめてワークグループの立ち上げを宣言した。創業者であり、経営者であり、上司の上司のそのまた上司くらいの人間である耀子がこういうことをすると、普通は部下が萎縮してしまうものであるが、ふだんからちょくちょく実験棟に顔を出して打ち合わせに参加していること、直近では1924年のシュナイダートロフィーレースのためにCFRPの開発で陣頭指揮を執っていたことなどから、耀子が材料開発課に入り浸っていることは当たり前の光景になっている。
「正直やるのが遅すぎたと思うのですが、これからは射出成形によって樹脂製品を生産することが多くなってくると思います。というか、そうしないとコスト面で他所のメーカーに太刀打ちできません。ですが射出成形には問題が起きやすいという欠点があります。例えば、本ワークグループで議論の俎上に載せる反り変形が有名です」
何人かの社員が大きくうなずいた。どうやら何か苦労した経験があったらしい。
「なので、これを機に、反り変形はなぜ起こるのか、起きてしまった場合はどう対処すればよいのかというのを、継続的に研究していきたいと思います。ではまず、反り変形の原因になる要素と、その原理の仮説を立てるところから始めていきましょう」
耀子本人はおおよその事を前世のうちに理解している。しかし、それでは問題が起こったときに耀子しか対応することができず、下の社員も成長しにくい。そもそも高分子材料界隈自体が黎明期である今の日本だと、史実で名を挙げた人物自体が(数少ない例外である秦逸三と久村清太をのぞいて)ほぼ存在しないから、鈴木道雄や蒔田鉄司のように青田買いもできない。ゆえに、あえて自由にやらせて、経験を積ませることにしたのだった。
東レの技術者引っ張ってこれないかな……