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閑話:魔獣結束三位一体

心焦がすは魔の渇望、心つなぐは人の絆

 数か月後の中外商業新報社(後の日本経済新聞社)会議室。ここに6人の男女が集まって、本を開きながら何やら話し合っている。


「えぇー本日は忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。本日のGM(司会進行役)"神祇官"を務めさせていただきます山階耀子と申します。皆様どうぞよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」


 耀子の企み。それはこの時代にTRPGを開発して普及させ、よりお金のかからない娯楽を庶民に提供することで、身を持ち崩す国民を減らすことである。なぜ中外商業新報の会議室を借りているのかと言えば、今から行うセッションのリプレイを小説代わりに掲載することを持ち掛けたからだ。


「本日から2日間、皆様には弊社が提案する新しい遊び、TRPG(卓上演戯)を遊んでいただきます。卓上演戯を端的に説明するなら『競技規則のあるごっこ遊び』というものでして、ルールブック(規則書)に書かれたルール(規則)にのっとって、皆様には自らが演じる人物、配役、能力などを構築していただき、物語の司会進行役とともに即興劇を作り上げる、という遊びでございます」


 中外商業新報社は取り扱っている分野の関係上テイジンと比較的仲が良く、例えばジムニーがラリー・モンテカルロを制した時、いち早く第一報を報じられた新聞社のうちの1社である。そういった日ごろの付き合いがあるので無理を聞いてくれたものの、さすがに集めてくれたメンバーは手すきの若手記者や印刷所の若者と言った面子で、リプレイを記録するための速記官はテイジン側で呼んでいた。


「競技規則がある……ということは、言ったことが何でも採用されるというわけではないということですね」

「その通りです。やっぱり、皆様自分で創作した人物はかわいいですから、何とか活躍させてあげたいと色々すると思います。ですがそれを際限なくやられてしまうと、他の参加者の活躍の場を奪ってしまうことになるわけです。それを防ぐために、規則書と、司会進行役が必要なわけですね」


 それでもごねる者がPL、GMの双方に時々おり、マンチキンとは本来こういった行為をするPL側の不心得者を指す言葉であったというのは、界隈の人間なら知っておくべき知識であろう。現在、そういった人間は"洋マンチ"と呼ばれ、言葉巧みに無理なく状況を打開する"和マンチ"とは区別して呼ぶ。

 なお、GM側でごねる不心得者は"吟遊詩人"と呼ばれ、今日もどこかで初心者PLにトラウマを作っている。


「さて、今回皆様に遊んでいただく卓上演戯は"扶桑の防人"です。皆様には八百万の神になっていただき、大日本帝国を狙う超常的怪異から民草を守ってもらいます」

「規則書を見る限り、おおよそ神というより妖怪のような"シンドローム(神性)"が散見されますが……?」


 ルールブックをパラパラと流し読みしながら、印刷所の若者が耀子に質問する。


「まあそういうのもひっくるめてこの世界では"神"と呼んでいることにしてください。イギリス英語で言うところのFairyみたいなものです」

「そういうものなんですか」

「正確には『あなた方演者が演じるに足る格を持った怪異』が"神"ですね。"妖怪"止まりではその辺の端役でしかありません。なので皆さんに演じてもらう"神"は、どこかしらに大なり小なり祭殿があるのでしょう。そのあたりは自由に設定していただいて構いません」

「……なるほど、そういうことでしたら理解できます。平将門みたいなものですね」

「良いたとえを出していただき助かります……さて、あなた方神はその力を使って民や自分を守っていくわけですが、"エフェクト(権能)"を振るえば振るうほど、あなた方を"侵蝕値(畏れ)"が蝕んでいきます、畏れはあなたたちに力を与えますが、度が過ぎると欲望のままに権能を振るい、世界の平和を乱す"ジャーム(荒魂)"になり果ててしまうのです」


 ここまで聞いてお気づきの方もいると思うが、この"扶桑の防人"は世界観はFEARのビーストバインドトリニティから着想を得ている。耀子が前世で聞いた事のあるシステムの中で、今生の時代でも受け入れられやすく、刺激的なシナリオを作りやすいものがこれだったのだ。


「軽々しく力を振るうような神は災厄と変わらないというわけですね」

「そういうことです。しかし、権能を振るわなければ何も守れない。この二律背反をある程度解消してくれるのが"ロイス()"です」

「ああ、このページに書いてあることですか」

「はい。神は他の人々との絆によって人間の側につなぎ留められ、"和魂"として"防人"の役目を果たすことができます。ただ、絆とは脆くタイタス化しやすい(切れやすい)ものです。そう言うと、絆を結んだ相手の裏切りとかを想定しがちですが、この世界の場合はそうではなく、あなた方が窮地に陥ったとき、あえてタイタス昇華する(絆を断ち切る)ことで不退転の決意を力に変える必要が結構あるという意味ですね」


 ただ、ゲームシステムとしては同じくFEARのダブルクロス The 3rd Editionを参考にしている。技能とタイミングが同じ権能(エフェクト)を組み合わせて同時使用できる「コンボ」や2d6システムであるものの無限上方ロールが採用されているなど、その影響が随所にみられる。


「絆を結ぶ対象は人間じゃなくてもいいんですか?」

「はい。一緒に戦う神とか、何なら敵の怪異とかでも構いません。絆を結んですぐに断ち切るのも、規則上問題はないでしょう」

「は、はあ……」

「とはいえ懸念はもっともですから、なるべく『生きて戻ってこよう』と思える対象に絆を取った方が、物語は盛り上がるでしょうね」


 "インスタントロイス"はダブルクロスの公式リプレイでも頻繁にみられる行為である。正直、これができないとNPCの数が少ない場合、容易に事故が起きてしまうのだ。


「それでは、皆さんが演じる神を作っていきましょう。と言っても、いきなり『神を作れ』と言われても戸惑うのは当たり前ですので、まずは本日の演目のトレーラー(概要)ハンドアウト(配役)を開示いたしますね……」


 そうしてプリプレイが始まり……


「それでは配役4、軍神/水神の広瀬……」

「ストップ!それ以上いけない!」

「えー」

「えーじゃないですよえーじゃ。その人は亡くなってから日が経って無さ過ぎて洒落になってないですって!」

「わかりました……名前だけ変えます……」

「公式演戯として中外商業新報さんで公開するんですからね……はっちゃけるのは大いに結構ですが、向こうに迷惑が掛からない範囲でお願いします……」


 オープニングが一巡して……


「広……長瀬さん男前だったね……」

「配役紹介では一番ふざけてたのに……」

「元ネタがかっこよすぎるからしょうがないね……」


 ミドルフェイズが進行し……


「多治経明さん、将門の部下だったんで遠慮なく叩きのめしちゃいましたけど、戦い方についてぽろぽろ教えてくれたり、気持ちよく勝てる程度に弱かったりして、なんだか憎めませんね……」

「こういう悪役を配置しておくと、初心者が多い卓でも比較的順調に回すことができるんです。これをチュートリアル春日と呼びます」


 クライマックスフェイズに突入して……


「達成値43だからダメージダイスは5個!出目が回って最終攻撃力は39!長瀬中佐の召喚した輸送船が将門を豪快に押しつぶした!」

「じゃあ私の手番で決めるよ!《超絶技巧:天体神》《巨星砲》《分身殺法》で星府「地上の昴」!攻撃判定いきます!一回転!二回転!三回転!」

「回避は……当然失敗。ダメージどうぞ」

「そりゃ!……出目は普通だけど固定値が高いから最終攻撃力は52!これでどうだ!」

「……御空さんの大火力により、将門は完全に鎮圧されました。あなた方の勝利です!」


 運命のバックトラックを行い……


「いや~全員戻ってこれてよかった」

「これで誰かが荒魂になっちゃってたら感動が台無しだったからね」

「神祇官としても、ここが一番緊張する場面なんです。いやぁよかったよかった」


 エンディングを終えて……


「すごい……何でしょうね此の高揚感は……」

「演劇1つを見終わった、いや、やり切ったような……」


 PL達が思い思いの感想を口にする中、実に20年以上のブランクを経て行ったマスタリングを終えた耀子もまた、確かな手ごたえを得ていた。


「たった今形作られた幻想の世界を、己の運と決断で切り開きながら味わうというぜいたくな趣味。これが卓上遊戯の醍醐味なんです。おもしろいでしょう?」

「いや本当にすごいですねこれは。創作意欲が刺激されて……いくらでも名作が書ける気がします。ところで、今回のリプレイ(演戯記録)は、どうやって小説化するのですか?」


 印刷所の若者が耀子に尋ねる。


「とりあえず速記官の人に普通の日本語に直してもらってから、改めて小説にしてくれる方を探そうと思っているのですが……」

「でしたら、私に書かせていただけないでしょうか」

「ふむ……そうですね、卓に直接参加していた方の方がうまく書けると思いますし、小栗さん、お願いしてもいいですか?」


 どうせ素人の自分が書くことになったろうし、と耀子は軽く考えて了承する。

 彼女の誤算と無知は、この若者が当時まだ小説家として開花していなかった文豪「小栗虫太郎」であったことにある。彼の執筆したリプレイは独特の文体に賛否が分かれつつも評判を呼び、それに応じて出版してもらったルールブックの売り上げも伸びていった。TRPGは大学生だけにとどまらない知的階級のたしなみとして認知され、流行りに敏感な文豪たちが、競ってリプレイを発表するなど、完全に耀子の想定を上回る流行を見せたのである。


「え、小栗さんの才能やばすぎでは……?なんでこんな人が小さな印刷所の所長とかやってたの……?」


 とはいえ、耀子も呆然としていたわけではなく、小栗の四海堂印刷所に出資してTRPGなどの知的娯楽の開発を手掛ける会社に改組し、必要な人材を投入している。40年早い日本のTRPGブームは、彼らが主体となって牽引し、社会に史実以上の精神的な豊かさをもたらしたのだった。

なんとなく調べたら都合のいい人材が転がっていたので驚愕しています(何回目だ

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] TRPGに詳しくない人にはわかりにくいような気がします。 あと、TRPGの前の戦争シミュレーションも受けるのでは?
[一言] 最初に触れさせるTRPGのシステムにダブルクロス(BBT)は尖り過ぎw もっと強さとか難易度設定が直感的に分かりやすい同社スタンダードRPGシステム系にまからんかったのか (そっちじゃとっ…
[一言] あ、ありのままに今起こったことを話すぜ! 俺はタイムスリップをしてから史実を改変していって日本をよくしていこうという小説を読んでいたはずなのに!気が付いたら学生時代に量産してノリノリでやった…
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