閑話:双子十字第三版
それは、裏切りを表す言葉
「耀子さん、ちょっと聞いてほしいんですが」
「聞くよヨシマロエリーナ、ちょっと言いにくいことかな?」
「なにそれ……いや、言いにくいというより、嘆かわしいことですね」
「芳麿さんにしては珍しい話題ですね」
耀子の兄、信輔同様に育ちの良い芳麿は、そういう説教臭い話題をすることがあまりない。唯一、鳥類の保護に関しては相当思うことがあるようで、信輔や煕通と一緒に史実にはない動きをいろいろしていた。おかげでトキやダイトウウグイスといった史実では絶滅同然の状態にまで減ってしまった鳥類も、この世界では早期に保護活動が行われていて、何とかその命脈を保てそうな見込みである。
「それだけ毎年数人は見るんですよ……遊興に浸って身を持ち崩す学生を」
「あぁ~……それはやっかいですね……」
大学時代の耀子の身の回りにはそういう人間はいなかった──寄り付かなかっただけかもしれないが──ものの、都会に出てきたことが原因で堕落し、学業を放棄してしまう学生がいるという話は聞いていた。
「どうしたら学業に専念してくれるようになるのでしょうか」
「正直、趣味で学業をしている私達がそれを考えるの、向いてないと思いますけど。王は人の心がわからないと申しますでしょう?」
本来、現代人である我々が明治・大正時代に転生したら、娯楽の少なさに辟易すること請け合いである。テレビゲームの類は当然として、トレーディングカードゲームすらなく、運動系や芸術系も道具が手に入りにくいのだから、大抵の「前世からの趣味」は楽しめなくなってしまうのだ。そんな状況で学業に打ち込むというのは、それこそ山階夫妻のような一握りの奇人にしかできない芸当だろう。
「またそうやって出典不明のことわざを……」
「ただ、伝え聞く話から察するに、たとえ彼らを机に縛り付けたとしても、まともに勉強するようになるのは四分の一に満たないでしょう。であれば、せめて身を持ち崩す心配のない娯楽を提供して、落第する程度で済ませるしかないでしょうね」
本人は伝え聞く話と言っているが、実際には前世の経験である。一般的な人間は、同じことを延々とやり続けられるようにできていないのだ。
「……確かに、言われてみれば趣味というのはどれもこれもお金がかかるものばかりですね。私も耀子さんも、経済的に苦労したことはありませんが、教科書代ですら地方出身の苦学生には大変な支出だと聞きます」
「大学時代には洋書の翻訳料で食いつなぐ学生も見かけました。遊興にふけられる環境がなくても、大学生なんてそんなもんなんです。多少支出がかさむようになった程度で、簡単に首が回らなくなってしまうというのも一因でしょう」
「ふーむ……花札とか、トランプとかでも配りますか?」
トランプについては、この年代だと既に任天堂──そう、あの任天堂である──が国産化している。
「確かにあれはお金がかからなくていいですね。でも既存の娯楽ですから、ここは1つ、まだないものを作った方がいいと思います」
「まだないもの……?」
「私にいい考えがある」
したり顔で胸を張る耀子に対して、我が妻はまた変なことを企んでいるなあと芳麿は思った。