かっこいいとはこういうことさ-2
「なんと……!」
播磨造船所の技術陣は驚愕した。欧州の戦場で大活躍したという"金鵄"を作ったテイジンの技術陣が「勝てないかもしれない」と弱音を吐いたのである。
「端的に言えば、我々はあのようなスピードレースに使うための大排気量エンジンを作った経験がありません。弊社が得意なのは『小型化』『単純化』『軽量化』です。様々な運用目的・環境が想定され、機体が肥大化しがちな軍用機であれば、我々の強みが生きるのですが……」
「そうか。レーサーに求められるのは『既定のコースを誰よりも早く駆け抜ける』ことしかない。テイジンさんでしか本来できないことを、他のチームもやりやすいというわけか」
「はい。弊社としては初めて経験する、運と地力の勝負になるでしょう」
奈良原はそう答えつつ、そもそもテイジンが無かったら、同じ土俵にすら立てなかっただろうなと思っていた。
「う~~~……」
「どちらの決断でも、私は止めません。多分、塩原さんも金子さんも賛成してくれるでしょう。ですが、このまま出場を強行する場合、貴方の当初の目論見からは外れます」
耀子が唸っているのは、1922年のシュナイダートロフィーレースに参戦するか決断を迫られているからである。
「材料は間に合った。エンジンも一応用意はした。設計は終わってる……ここで中止したら、皆の頑張りが……」
「そうですね。関係者は1922年の大会に出るつもりでここまで準備してきました。このタイミングでひっくり返すのは、心情的には良くないでしょう」
ジムニーのラリー・モンテカルロとは異なり、シュナイダートロフィーレースは別に社運も日本の運命も掛かっていない。あるとすればこういう場でしか輝けないような「画期的な新素材」のテストぐらいの目的しかないのである。このため、会社の財政に負担をかけないようにプロジェクトを進めるというのが、耀子の方針であった。
「でもなあ……うーん、悲しいし、悔しいけど、1924年に参戦する方向で再調整しよう」
「よろしいのですか?」
「機体の製作費と遠征費がこれだけ掛かっちゃうなら、分の悪い賭けにベットしてはいけないと思う。急いては事を仕損じるって、芳麿さんも言ってたし」
この時のテイジンは静岡に工業団地を建設している最中で、銀行から大規模な借り入れも行っている。完成する工場の能力やジムニーをはじめとする主力製品のバックオーダーから考えると、実態としてはそれほど危ない橋を渡っているわけではなかった。とはいえ財政的にあまりよくない状態であったのには変わりなく、作ろうとしている機体の材料費がとにかく高いのもあって、レース参加を断念せざるを得なかったのである。
「賢明な判断だと思います」
結局のところ、これは菊池恭三の言った以上に賢明な判断であった。というのも、史実ではイギリスが勝利した──もはや状況が全く違うため、史実もくそもないのであるが──1922年のシュナイダートロフィーレースを、この世界ではイタリアが辛勝したのである。
マッキ M.17
機体構造:低翼単葉、双フロート型水上機
乗員:1
全長:6.73 m(フロート込み7.77 m)
翼幅:9.00 m
乾燥重量:1200 kg
全備重量:1500 kg
動力:マイバッハ "VL I" 強制吸気4ストローク水冷V型12気筒 800ps
最大速度:442 km/h
名前こそM.17であるが、その実態はM.39のような何かである。現代日本人には「紅の豚でフェラーリンが乗っていた奴」と言えば伝わるだろうか。テイジンの影響──をうけたイギリスの影響──で技術革新が早まった結果、機体の方は4年前倒しされ、エンジンは2年前倒しされたうえに過給機が付くという無茶苦茶なことになっている。イギリスもイギリスで1918年にスーパーマリンS4相当の機体を7年前倒しで登場させているのだから、このくらいしないと勝てないのは当然のことだった。
あの材料、とにかくエネルギーコストがかかるのでお高いんですよね(実体験
わかりやすいところだと、鳥人間コンテストの機体は150~300万円ぐらいで製作されているのですが、その制作費用のうちの半分が主桁の製作費だったりします。