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経済のシャンパンタワー

 テイジン、モンテカルロを制す。その知らせは電信でいち早く本社に伝えられたが、時差の関係で日本の空には星が瞬いていた。


「勝ちよった……」

「勝ちますよ。というか設計開始前『壊れなければ負けるはずがない』と僕に力説したのは、耀子さんだったじゃないですか」


 呆然としている耀子へジムニーの主任設計士である蒔田鉄司が得意げに言う。その隣では鈴木道雄が満足そうにうなずき、後ろでは航空機テストチーム「ウィンドノーツ」の面々が大はしゃぎしていた。彼らは皆、定時後も残業したり居残ったりしながら、現地からレース速報が届くのを今か今かと待っていたのである。


「まあ、そりゃあそうですけど、まさか本当に壊れないとは思わないじゃないですか」


 正直、耀子は完走さえ危ういと思っていた。くろがね(蒔田)スズキ(鈴木)の能力はみじんも疑っていないが、それをもってしてもレースの世界には魔物が潜むのである。既知ではあるが、枯れているわけではない技術をいくつも採用している以上、何があってもおかしくないのだ。文子たちが峠区間で狙い通りトップに躍り出たという定時報告を受けても、どうせ2017年ル・マンのトヨタチームみたいになるんだろうと、彼女は希望を持たずにいたのである。


「日本は変わっただよ。テイジンができて、JISができて、飛行機飛ばして、世界と戦うために必死になって技術を磨いた。磨けるようになった。その努力がまた、実ったっちゅうこと」

「また……ああ、そうですね。そうでした。もうちょっと堂々としていればよかったですね。ごめんなさい、皆には失礼な態度でした」

 

 耀子は思い直して謝罪する。そうなのだ。転生してから23年。歴史改変を始めてから19年。道雄の言うとおり、日本は変わった。自分達が変えたのである。今後はもう少し、この国の底力を信じてみようと、耀子は思い直した。


「さて、気を取り直したところで皆さん!戦いに勝ったら真っ先にやることは!?」


 耀子が急に大声を出したことで、その場の全員が静まり返る。そして、その問いに誰かが回答する前に、彼女は自ら答えを言い放った。


「勝利会見の時間だぁぁぁあああ!」




 さて、乗り物産業というのは、その国の総合力が求められる高度な分野である。


 車両を構成する全ての部品を国内で製作・販売するには、おおよそ理系と呼ばれる全ての学問でその時代の上位に位置する技術力が必要であり、それはひとたび乗り物産業をうまく振興することができた場合、広い分野の産業を一気に活性化させることも意味するのだ。


「ぱっと思いつくだけでも、実際にジムニーを生産している三共内燃機(三共さん)は当然として、鋳造部品の製造を引き受けてくれている豊田式織機(トヨタさん)、窓ガラスとかのガラス部品を製造してくれている旭硝子さん、樹脂部品は弊社で製造しますが、その弊社に原料を納めている日本窒素工業(ニッチツさん)、原料と言えば鉄鋼は八幡製鉄所さんや神戸製鋼所さんですし、メッキ用の亜鉛は藤田組さんから買ってたはずです。後はプレス機や射出成形機を工場に納めている芝浦製作所さんあたりの売り上げも増えるんじゃないでしょうか」


 耀子はコロコロと視線を変えながら指を折ってジムニーの生産にかかわる企業を挙げていく。今、耀子たちはラリー・モンテカルロ勝利を受けて緊急記者会見を開いており、報道陣を相手に質疑応答をしているのである。唐突な呼び出しに応じてこの場に居ることができた記者たちは、テイジンがモンテカルロで何かしらしでかしてくれるだろうと信じて張り込んでいた面々であり、比較的好意的な記事を書いてくれるため、耀子たちとの関係も比較的良好であった。


「ジムニーを発表した時にもそんなことを言った気がしますが、先ほど例示したように、日本の幅広い産業を活性化させることができるというのが、自動車業界に参入する理由ですね」


 なお、この世界の豊田式織機は織機や織機製造の過程で鋳造の技術を獲得していたため、テイジンから飛行機に使う鋳物部品の製造を安定して受注しており、設立から現在まで経営が厳しくなったことがない。このため、豊田佐吉が技術開発に熱中していても取締役を解任されずに現在も在任しており、連鎖的に豊田紡織も設立されなかった。


「それなら、航空産業を振興させてもよいと思いますが。御社の得意分野も、より生かしやすいですし」

「良い質問ですね。ですが簡単な質問でもあります。端的に聞きましょう。あなた、自宅に飛行機は置けますか?」

「はい?」


 質問した記者は困惑する。そんな大豪邸を持っていそうな人間は日本にはいないだろう。


「無理ですよね。できるとは言いませんよね?無理って言え」

「アッハイ」

「では、自動車ならどうですか?全幅1.5m、全長3.55m、高さ1.6mの箱ですが」

「買えるかどうかはともかく、置くだけならまあ……」


 困惑したままの記者は勢いで耀子の質問に是と答えた。


「ですよね。それが答えです。飛行機は個人で持てませんが、自動車は持てます」

「まあそうですね、はい……」


 値段が高くて一般市民には手が出せないだろうと彼は考えたが、黙っていることにする。耀子もまた、わざわざ「待っていれば量産効果と減価償却とコストダウンマイナーでもっと安くなる」と説明したくはなかったので、その方がありがたかった。


「潜在的な需要が飛行機と自動車では違いすぎます。だから、自動車産業にも参入する必要があったわけですね」


 耀子は言及しなかったが、自動車が普及すれば当然それを活用して仕事をする者もあらわれる。そうした人々も含めて自動車関連産業に従事する者は現代日本なら500万人以上おり、雇用対策としても強力なのは疑いようがないだろう。


「常々、御社からは『日本を発展させるため』という言葉が聞こえてきます。確かに御社は今や財閥の一角と言っても過言ではない力をお持ちですが、今回の場合は掲げる理想が少々大きすぎやしませんか?」


 別の記者が手を挙げて質問する。彼の言う通り、日本にはテイジン以外にも当然史実通り強大な力を持った三井、三菱、住友と言った財閥がおり、総合力ではテイジン-三共-鈴木商店系を上回っていた。


「まるで仕込みを疑われそうなほど好都合な質問をありがとうございます。仰る通り、弊社だけでは力不足もいいところですので、他社さんにも参入していただきやすくするために……ジムニーの駆動系とフレームも、企業向けに販売いたします」


 ジムニーがラダーフレーム構造をもち、面倒な法規が存在しないこの時代だからこそできることである。


「他社向け……ということは、そのジムニーに、車体と発動機を載せて車輪をつけて売ってもよいということですか?」

「はい、いくつかある規約さえ守っていただければ、自由に生産して自由に売っていただいて構いません。条件を満たす日本国内の企業であれば、エンジンをお付けすることもできますよ」


 エンジンも駆動系もフレームも、設計や製造には高度な技術が必要だ。しかし、ラダーフレーム車の車体なら、その辺の町工場でもなんとかなってしまう。


「御社の技術的優位性が失われるのでは?」

「ジムニーに用いている技術はほとんどが既知のもので、実はそう革新的なものではありません」


 ジムニーの中で設計に未来知識が活用されているものはほとんどない。「B010A」エンジンですら、基本構造はすでに発明されているユニフロー式2ストローク機関であるし、高出力化のために盛り込んだ未来知識も金鵄のエンジン(A040A)と同様のもので、この世界では既知の技術であった。


「それに、規約によって『単なる模倣品』は販売できないこととさせていただきます。我々だけでは埋められない部分を、他の方に埋めていただくための商売ですからね。弊社のコンポーネントを利用する皆様におかれましては、イタリアの"カロッツェリア"のように、個性豊かな自動車を生み出していただくことを期待します」


 この後、ある会社は単純にビジネスチャンスだと思って、また別の企業は耀子の挑発的な言動に刺激されて、「ジムニーコンポーネント」を使用した自動車の製造・販売に乗り出していった。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] テイジンらしくFRPボディにしたらトラバントぽくなりそうですねw 軍用だと防弾仕様にした軽装甲機動車、WW2の米軍ジープっぽいレイアウトで軽火砲や軽トレーラーの牽引もできるようにした幌屋根…
[一言] >「ジムニーコンポーネント」を使用した自動車の製造・販売に乗り出していった。 『汎用軽機動車』が登場しそうですね。 史実だと、現地で奪った自転車で「銀輪部隊」と称して 移動距離を稼いでい…
[一言] 「駆動系とフレームを企業向けに販買・・・」ってのは電気自動車は家電みたいなモンだから今後3Dプリンタで好きなようにガワを作れる様になるよ!って創生期に言ってたのを思い出しますね。 まあ「法的…
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