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閑話:帝国人造繊維賞鷹司杯

本当は「こっそり歴史改変していたけどわざわざ1話割くほどでもない小ネタ集」の一部として書き始めたのですが、鷹司親子が盛大に動き回って文章量がかさんだため、普通に独立させることにしました。

 1910年のある日、耀子が庭を散歩していると、馬房の馬を遠くから眺めている煕通の姿が目に入った。その表情は暗く、何やら憂鬱そうである。


「どうしたんですかお父様。そんな浮かない顔をして、何事かお悩みでしょうか」

「耀子か……少し個人的な考え事をしていてな……そうだ、少し相談に乗ってくれないか」

「いいですよ」

「私が憂いているのは、日本の競馬界の事だ」

「競馬」


 煕通は(歩兵科の人間だが)自宅で名馬を飼育するほどの馬好きで、乗馬の名手でもある。その馬のことで何かあったらしい。


「数年前に目黒に競馬場ができただろう?……その顔では知らなさそうだな。まあうん、競馬場ができたんだ。当初は大盛況だったんだがな、今は閑古鳥が鳴く有様なんだ」

「たった数年で人が来なくなってしまったんですね。原因はなんですか?」

「簡単に言えば、馬券を売ることを政府に禁止されてしまったんだ。私は馬を見たり走らせたりするのが好きだから、そんなことはどうでもよかったんだが、どうも世間一般の人はそうではなかったらしい」

「あー……」


 パチンコ屋が出玉を景品に交換できなくなったようなものである。人が入るわけがない。


「馬の生産と維持には多大な金がかかるのは耀子も知っているだろう。だから、競走には賞金を出さないといけない。だが、その財源であった馬券収入がなくなってしまったわけだから、入場料で何とかするしかないのだが……」

「そもそも人が来ないから、入場料すら取れないわけですね」

「このままでは馬産界は衰退する一方だ。なんとかならんものか……」


 そういうと煕通は頭を抱えてしまった。


「んー……馬券の発売が禁止って、具体的にどう禁じられたのですか?」

「具体的にどうって……ああ、そういうことか。馬券を名指しで禁じられたわけではなく、"一定の番号札や券を販売し、その後抽選など偶然的な方法で購入者の間に不平等な利益を分配すること"を禁止しているのだよ」


 煕通は何となく、耀子が企んでいることを悟った。「勝ち馬を当てる」「当てたら利益が還元される」という楽しさをそのままに、「富くじ」の定義を回避すればいいのである。


「それなら……入場券と一緒に「人気投票券」を渡し、『一番"好きな"馬を選んでください。もしその馬が勝った時は、ご祝儀を差し上げます』とすれば、完全にではないにしても、人が戻ってくるのではないでしょうか」

「ご祝儀はもちろん現金ではいけないが、ある程度価値があるものがいいだろう。……反物とかどうだ?」

「良いと思います。倍率に応じて無段階に切り分けられますし、そこそこの値段で換金することもできるでしょう。司法の目がもう少し厳しくないのなら、百貨店の商品券でもいいかもしれませんね」


 史実でも1912年に宮崎競馬場で「勝馬投票券」が発売され、3ケタ台だった入場者数を1万人程度にまで回復させることに成功している。これを2年ほど先取りしようということだ。


「ふむふむ。反物と言えば、耀子の会社は繊維工業が本業だったな。どうだ、テイジンの冠競走を出してみないか?」


 娘と二人でまたしても良案を思いつくことができ上機嫌な煕通は、いたずらっぽくそう提案する。


「悪くないかもしれないですね。正式名称は帝国人造繊維賞鷹司杯で」

「……その後半のこそばゆい名前はどうにかならんのか」

「高松宮宜仁殿下や有馬頼寧伯爵、それに安田伊左衛門さんも、自分の名前の付いた冠競走が21世紀でも行われているんですよ。しかも格付はGI……国内最高峰の競走です。お父様もこのくらいやったって罰は当たりませんよ」


 煕通はまたしても頭を抱えたが、耀子はそれに対して熱っぽく反論した。


「しかしだなあ……」

「だめです。それに、お父様の馬好きは有名ですから、テイジンの冠競走を設定した時点で、やんごとなきお方の誰かが言い出すに決まっています。例えば陛下とか」

「そうか……そうかぁ……」


 結局、煕通は観念し、1916年から「鷹司杯」が行われるようになった。当初は目黒競馬場の芝1200mで行われていたが、東京競馬場の開場に伴いそちらのダート1400m(史実では練習馬場とされていた部分が、最初からダートコースとして整備された)で行われるようになり、現代では「帝国人造繊維賞鷹司記念(ただし、長すぎるため、もっぱら鷹司記念と呼ばれる)」として、6月第二日曜日(すなわち安田記念の翌週)に開催される国際GI競走となっている。


 伝統あるダート重賞競走が戦前から存在し、施行距離が短距離寄りであったため、春秋ダートGIの在り方もまた変わってしまった。チャンピオンズカップは名前も条件もジャパンカップダートのまま開催時期が移動し、フェブラリーステークスに至っては中山競馬場のダート1800mに条件が変化している。そして、フェブラリーステークス、鷹司記念、ジャパンカップダートの3競走を「ダート古馬三冠」と称するようになり、同一年にこの3競走で勝利することは名誉なことであるとされるようになった。

帝国人造繊維賞鷹司記念

略称:鷹司記念

競馬場:東京競馬場 ダート1400m 左回り

格付:GI

出走条件:サラ系3歳以上

負担重量:定量

備考:優勝レイは材料から全てをテイジン自身の工場で製造している


2022/2/14 鷹司杯の施行距離を変更(1600m⇒1400m)、これによるフェブラリーステークス、チャンピオンズカップへの影響を追記

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
読み返していたところで気づいた。 この条件、さきたま杯とほぼ同じじゃあないか、と。
[一言] この作品の時空内では、ファル子やリッキーがシンボリルドルフやディープインパクト扱いされる事になりそうやな…
2023/01/17 08:52 退会済み
管理
[一言] お馬さん繋がりで、後にバロン西が登場するのかな?
感想一覧
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