この果てしない航空坂
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軍用航空機研究会が雪鷺の要求仕様を議論しているころ、横須賀海軍工廠では制空権を確保するための「艦上戦闘機」の独自設計に取り組んでいた。テイジン1社に任せていると、陸軍や民間とリソースを取り合ってしまうため、自分達でも飛行機の設計・製造技術を身に着けたいという試みであった。
「我々はテイジンのような挑戦的な機体ではなく、堅実な機体から始めよう。何、次の戦争までにテイジンに追いつけばいいのさ」
主任設計士を務める中島知久平少佐は、設計スタッフたちにそのように訓示した。史実では横廠式水上機を作った後に海軍を退役してしまう中島であったが、この世界では海軍が航空機の実用化に熱心であるため、貴重な航空技術者として必死に引き止められており、その結果史実より大きな権限と良好な待遇を得ている。
「だが何から何まで彼らのものを使わないというわけではない。主桁に使える軽量高強度な樹脂材料と、翼面積の削減に使えるフラップはぜひ使わせてもらおう」
あまり高望みはせず、まずは堅実にステップアップしていくという判断が奏功し、開発は順調に進んで1917年には以下の機体が完成した。
横須賀海軍工廠 横廠式試作戦闘機
機体構造:高翼単葉
胴体:鋼管フレーム羽布張
翼:テーパー翼、GFRP主桁/ナイロン-タルク材リブ、羽布張
フラップ:鷹司=奈良原フラップ(ファウラーフラップ)
乗員:1
全長:7.2 m
翼幅:10 m
乾燥重量:900 kg
全備重量:1200 kg
動力:帝国人造繊維 "A100B" 強制掃気2ストローク空冷星型複列10気筒 400ps ×1
最大速度:310 km/h
航続距離:650 km
実用上昇限度: 8000 m
武装:八年式航空機銃×2(機首固定)
構成上は史実の九一式戦闘機を一回り小さくした様な機体であったが、エンジンがかなり小径化され、胴体とほぼ同じ太さになっているため、よりスマートな印象を与える外見を持っている。
性能的にも欧米の一線機と比較して申し分ないものを持っており、特に9.3mmガスト式機銃2廷によって発揮される火力は間違いなく当時世界最強であった。
「美しい……」
「"物干し台"よりもずっときれいだ」
「もしかしたらテイジンを追い抜けるかもしれないぞ」
「まてまて。ここにたどり着くまで何回テイジンから奈良原さんを呼んだか覚えてるか?まだまだ先は長いぞ」
完成した機体を見て思い思いの言葉を口にする横廠設計陣。最後の一人が言っていたように、たびたびテイジンに助力を求める場面はあったが、それでも幸先の良いスタートが切れたと誰もが思っていた。
実はこの機体、史実の九一式戦闘機同様水平きりもみに陥る癖があり、この現象の再現と解決に多大な工数を割く羽目になるのだが、それに彼らが気付いたのは、当然この試作機を飛ばした後の事である。
ここで苦労した経験が、後に彼らに生きてくると思います。




