青天の霹靂
今回の話は話を書き始める前から構想していたものですが、その場の勢いで考えた「大いなる余裕」の最後の記述との矛盾が発生していたため、当該部分を改稿しております。大変申し訳ありませんでした。
1917年の8月のこと。耀子は兄の信輔に連れられて山階宮邸を訪れていた。この夏の暑い日に、耀子は大学の卒業式でも着ていた晴れ着に身を包んでいる。
(ありのまま、今起こったことを話すぜ!俺は大学を卒業したと思っていたら皇族とお見合いをしていた!)
何が何だかわからない耀子は、頭がどうにかなりそうだった。事の始まりは数日前にさかのぼる。
「耀子、大学で恋人はできたりしたかい?」
「残念ながら、仲良くなった男性はちらほらいるんですけれども、家格が釣り合わないので恋人というよりかは上司と部下という感じでして」
信輔に聞かれた耀子はこともなげに答える。彼女の言う通り、大学生活を通して彼女は数人の学生をテイジンに入社させることに成功していたが、恋仲になったというわけではなかった。
「そうか……山階宮芳麿様は知ってるだろう?彼は不器用な生き方をしていてな……このままでは結婚するのも遅くなりそうで、心配なんだ」
「はあ……」
暗に自分が20歳まで結婚できていないことを心配されているのだろうか。確かにこの時代の女性は20歳になる前に結婚するのが普通である。だが、信輔はその手の嫌味を言うような人間ではないはずだ。耀子は不思議に思っていると。
「そこでな……芳麿様と、お見合いしてみないか?」
「ほえ!?」
信輔の発言に耀子は素っ頓狂な声を上げた。
「どうした?そんな鳩が豆鉄砲喰らったような声を上げて……」
「いやいやいやいや相手は皇族ですよ!?私なんかで釣り合うんですか!?」
「あのねえ……むしろ、皇族でないと釣り合わないんだよ。ただでさえ鷹司家は華族の中でも家格が高いうえに、耀子は大会社のオーナーなんだ。それこそ皇族か、侯爵家以上の人間でないと苦しいよ」
姉の房子も伯爵家の米沢上杉家に嫁いでいる。同年代の殿方に一線を引かれているような感覚は耀子自身にもあったものの、それは自分の魅力がこの時代に合っていないからであるとばかり思っていた。
「うわあ、華族って面倒……」
「だよね……僕も結婚するの苦労したから……」
信輔が徳川家達公爵の次女綏子と結婚したのは1916年の暮れの事である。このときの二人は26歳であるから、この当時としてはかなりの晩婚であった。
「だから、耀子に同じ目にあってほしくはないなって、そう思うんだ」
「……ありがとうございます。私も結婚願望そのものはありますので、このような破天荒な女でも向こうが良いと言ってくだされば……」
その時は覚悟を決めた耀子であったが、いざ本物を目の当たりにすると、根が庶民の彼女はすっかりやられてしまったのである。
(催眠術だとか超高貴な家柄だとかそんなちゃちなもんじゃねえ!もっと恐ろしい『その血の運命』の片鱗を味わったぜ……)
一人で悶絶している耀子をしり目に、まずは二人の兄があいさつを交わす。
「この度は申し出を受けてくださり、誠にありがとうございます」
「いやいやこちらこそ。信輔殿にはいつも弟がお世話になっておりますから」
山階宮家は10年ほど前に武彦たちの父である菊麿が薨去しているため、現当主は武彦なのである。
「お初にお目にかかります……鷹司耀子と申します……本日はどうぞよろしくお願いします……」
「芳麿です。こちらこそよろしくお願いします」
おそらく耀子がお見合いをする相手なのであろう芳麿も、耀子ほどではないが緊張した様子である。"師匠"に根回しされていたとはいえ、3歳年上の、しかも新興財閥の実質的なオーナーである女性とのお見合いである。気負わないはずがなかった