鳥を集めるならまず餌をまけ
テイジン第2実験棟。テイジンレーシングチーム「マイスター」(ちなみに航空機テストチームの愛称は「ウィンドノーツ」)は、ここでマシンの保管や調整を行っている。
「……これは、どこの会社の車なんでしょうね?」
「我らがテイジンだよ。何言ってるの文子さん」
この娘は何を言っているのだろう……気持ち悪い……とでも言いたげな表情で耀子は答える。
「こんなにいっぱいいろんな企業の名前が描かれていたら、何が何だかわからないでしょう」
嗚呼、悪魔とはお前のことだ、とでも言いたげな表情で文子は返す。彼女たちが乗るジムニー モンテカルロはベース車体色こそ白であり、左右のドアとフロントエンジンフードには赤字で「TEIJIN」と大書きされていたが、それ以外の場所には様々な日本企業と一部の英国企業──例えば三共、日本輪業、ニッチツ、ウェイクフィールド、日本シェル石油といったいかにも関連してそうな企業から、播磨造船所のような関係がなさそうな企業まで──のロゴマークやシンボルマークが所狭しと描かれていたのである。
「まあ、みんな私達に広告料を払っているので、ある意味ここにロゴが書かれている企業すべての車と言ってもいいのではないでしょうか」
「はあ……」
「乗る私たちの身にもなってくださいよ耀子さん。もし車をぶつけたりしたら、その位置の企業が何と言ってくるか……」
耀子はよく知らずにやったことであるが、こうしてスポンサーを集めて車体を広告で覆いつくす手法は1960年代に活躍したロータス社のコーリン・チャップマンが始めるものである。いかに儲かっているテイジンと言えど、背負うリスクは最小限に抑えたいのだ。
「その時は私が全力で黙らせるから大丈夫。だから安心して車体ボコボコにしておいで」
「はあ……」
「でも壊してもビリになってもいいから、絶対リタイアはしないでね」
「この車のタフさを世界に証明して、販売時の宣伝に役立てるんですもんね……頑張ります」
車が高価で一品ものに近い、今の時代だからこそできる手法である。また、耀子は前世で、こうした華々しい舞台での活躍が将来その企業を志望する人材を引き寄せることをよく知っており、成金企業で人材に乏しいテイジンを安定成長させる大事な一手であると認識していた。