閑話:東方倭空鷹
明治のころの鷹司邸からは、時折オルガンの音が聞こえてくることがあった。その音色は感情的で激しいことが多く、曲の進行も古典的なクラシックやこの当時の流行りとは異なっていた。
寝ても覚めても化学と工学で、それ以外には疎い変人というイメージが強い鷹司耀子であるが、音楽についてはそこそこの素養があり、このように作曲と演奏をこなせる一面があったことはさほど知られていない。
「今日も精が出ているね」
「……うわぁ!?信輔お兄様、いつからいたんですか」
耀子は突然声をかけられて素っ頓狂な声を上げた。
「丸々2曲ぐらい聞かせてもらったかな。弾いている耀子と合わせて、今日もいいものを見せてもらったよ」
「あわわわわ……」
演奏中の耀子は、大変なオーバーアクションである。濡羽色の長髪を振り乱し、往々にして鍵盤の上に指を叩きつけるような演奏をしがちなため、見たことのある者は「迫力だけなら欧州の演奏者とも渡り合える」と茶化したり「脳におかしな刺激を与える薬品でも吸い込んだんじゃないか」と心配したりしていた。ちなみに信輔の感想は「楽しそう」と、何とも暢気なものであった。
「すみません、騒がしくして……」
「いやいや、耀子の弾く曲は斬新で飽きないから、いつまでも聞いていられるよ」
信輔は相変わらずひょうひょうと答える。この、他の人間から放たれれば明らかに皮肉になってしまう言葉を、言葉通り受け取らせてしまうあたりに、信輔の人の良さがよく表れている。
「さあ、次はどんな曲を弾くんだい?もう少し聴かせてほしいな」
「……わかりました。それでは折角ですので高知県などに伝わる妖怪、夜雀を題材に一曲……」
耀子はその後もたびたびオルガンやピアノ、ハープシコード(チェンバロ)、晩年にはキーボードと言った鍵盤楽器を弾いており、録音もいくつか残っている。21世紀に入ってから、この録音を聞いた者が「すごくゲーム音楽っぽい」「特に(某有名同人音楽家)に作風がそっくりだ」と騒ぎだすのであるが、それはまた別の話。