IHIのHはHarimaではない-1
Ishikawajima-harima Heavy Industriesなんだそうです。
1916年、播磨造船所は史実以上の困難に直面していた。この造船所は兵庫県相生町(現相生市)の名士が、地元振興のために建設したドックであったが、規模が小さかったために一次大戦での造船好況に乗ることができなかった。その一次大戦も史実より3年早く終結してしまったのであるから、先の見通しは全く立っていないといってよい。
「船不足はもう少し続くだろうが、今行っている拡張工事が間に合うかというと……」
相生町長の唐端清太郎は沈痛な面持ちで窓から工事現場を眺める。この世界の播磨造船所は、1915年1月に鈴木商店に買収され、金子の右腕として精糖部門で辣腕をふるっていた辻湊の指揮のもと、即座に再建計画が進められていた。これは金子が耀子から「欧州での戦争は2年以内に終結させる」と聞いていたため、史実よりも造船業への進出を急いだからであるが、これが結果として裏目になりつつあるのは皮肉なことである。
「唐端さん、鈴木商店の金子さんと、それからなぜか帝国人造繊維の菊池恭三社長がお見えになっておりますが……」
「帝国人造繊維……?確か鈴木商店はあそこにも出資していたが……何の用だろうか」
とりあえず、会ってみないと用件がわからないため、唐端は三者による会談に臨んだ。
「すまない、唐端さん。助けるといった手前申し訳ないが、播磨造船所をテイジンに売却させていただきたい」
「……致し方ないでしょう。金子さんだって人の子、できることとできないことがありますから……」
金子らの用件は、播磨造船所をテイジンへ売却することと、そのお詫びであった。唐端も、今の状況からするとやむを得ないことはわかっており、悲しくはあったが、さほど衝撃的ではなかった。
「播磨造船所の再建は、我々帝国人造繊維が責任をもってやらせていただきます。技術者を引き抜いて解散などとは致しませんから、どうかご安心ください」
何やら悲壮な覚悟を決めた様子の唐端に対して、多忙すぎる高峰譲吉に代わってテイジン二代目社長となった菊池はそう声をかけた。
「そうしていただければ助かりますが、いくらなんでも無理でしょう……ああして悪い時期に拡張工事を始めてしまった弊社の負債を何とかするのは、とても……」
「それなんですが、実は海軍が費用を出すと言ってくれているんですよ」
「は?」
唐突に海軍が出てきた唐端は、思わず目を丸くした。
「テイジンは防火服に使う耐炎繊維も製造している関係上、海軍とも付き合いがあるのですが、彼らから常々造船業に進出してほしいとの要請がありまして」
「確かに御社は繊維だけでなく、兵器の設計でも名を馳せてはおりますが、まさか軍艦も……?」
「そのまさかを、やってほしいんでしょうね」
菊池は苦笑しながらそう答える。この話を持ってきたのは、鷹司家と縁がある千坂智次郎少将であった。海軍の造船士官の一部がテイジンや三共のFRPに注目し、これで船を作れば排水量を節約できるのではないかと考えて、仲介を智次郎に依頼したのである。
「……うちに、できるんでしょうか」
「できるようにします。ありがたいことに、その土台作りを偶然鈴木商店様にやっていただいておりますので」
"いころの男"菊池恭三の腕の見せ所であった。




