燃える水
さて、1905年にポーツマス条約で日本が獲得した北樺太であるが、ここは日本政府とイギリスのシェル社の合弁会社である「日本シェル石油株式会社」によって大規模な開発が行われている。北樺太のオハに油田があることはすでに知られており、兵站の改善のため機械化を進めたい陸軍や、ボイラーを重油専焼缶に更新したい海軍、石油由来の各種炭化水素類で新材料を作りたいテイジン(というより鷹司耀子)などは、大きな期待を寄せていた。
こうした北樺太の大規模開発は、主に関東以北の国民の暮らしにも影響を及ぼしている。史実では生活苦から子供を売りに出したり、アメリカ(合衆国とは限らない)に移民したりする者が出たが、この世界では代わりに樺太へ移住し、原油の輸送や採掘設備の維持管理、新たな鉱区の開発、そしてそれらに従事する者を相手にした商売に携わるようになった。
「石油屋さんは金払いがよくていいな!」
「兵隊さんやテイジンが高く買ってくれるおかげで、奴らも懐があったかいってわけだ」
「だから俺たちみたいな末端の人間にもちゃんと給金をくれる」
「青森で暮らしてた時には考えられなかったことだな!」
もちろんテイジン、そしてそこに原料を供給するニッチツもさらなる発展を遂げている。ニッチツは北樺太から供給されるプロペン(プロピレン)を原料にしてエピクロロヒドリンとアクリロニトリルの合成に成功しており、これとは別にジアミン類とジカルボン酸類の原料を石油系に切り替えることで生産コストを削減した。
また、テイジン開発部はこのエピクロロヒドリンと石炭由来のフェノールから合成できていたビスフェノールAを使ってエポキシ系接着剤を、アクリロニトリルを使ってポリアクリロニトリル繊維を作り出そうとしており、後に前者はフェノール樹脂系よりも機械特性に優れたエポキシ系熱硬化性繊維強化樹脂に、後者はPAN系炭素繊維に発展している。
とはいえ、史実よりはるかに大規模な開発が行われており、事実上日本だけで採掘を行っているといっても、北樺太だけで日本の石油需要を満たすことは、この先困難になる見通しであった。このため、石炭液化や天然ガス及びモンドガス(石炭の不完全燃焼によって得られる一酸化炭素と水素の混合ガス)の利用が研究される傍ら、石油メジャーを抱えるイギリス、オランダ、アメリカとの結びつきは強くなっていった。
しれっとCFRPのフラグが立ちました。ですが炭素繊維の製造には多くのエネルギーが必要で、果たしてエネルギーが不足しがちな日本で使用が許される材料なのかというのはちょっと疑わしいものがあります。耀子のコスト意識もかなり厳しいので、ここぞというものにしか使われないでしょうね。