出草-2
「銃は効かない!砲も無力化された!畜生!どうすればいいんだ!」
「俺は逃げるぞ!こんなところで死んでたまるか!」
機動第1師団の正面に居たドイツ軍前線は完全にパニックに陥り、散り散りになって壊走する。
「今だ!機動第1師団のあけた穴からなだれ込むぞ!突撃!」
歩兵第1師団師団長一戸兵衛中将の号令の下、兵士たちは四四式輸送車に塔乗して次々と最前線へ送られていく。
「日本人に負けるな!全戦線で攻勢をかけてジャガイモ野郎の撤退を阻止するんだ!」
フランス北部軍集団司令官フェルディナン・フォッシュ中将は、ようやく巡ってきた反撃の機会に歓喜していた。"主役"を日本人にとられたことは癪だったが、彼はこの作戦における自分の果たすべき役割をよく知っており、その期待に応えようとドイツ第1軍に対して猛攻を加える。
「第17師団司令部、応答ありません!」
「第9軍団司令部より報告!1個師団規模の日本軍新兵器が前線を突破!第1軍司令部に向かっています!」
第1軍司令部に前線から悲鳴のような報告が次々と入る。直接攻撃を受けた第17師団司令部との通信が途絶し、その上級単位である第9軍団司令部から敗走した報告が入るということは、第17師団が圧倒的な力で壊滅的な被害を被ったことを意味していた。
「第4軍団から戦力を抽出して進撃を遅滞させろ!その間にパリ前面の第2軍団へ撤退命令を出せ!第2軍にもこのことを通告しろ!」
「……だめです!第4軍団はフランス軍の攻撃を防ぐのに手いっぱいで、第9軍団を援護することができません!」
「カエル野郎どもめ……!なら後方の第4予備役軍団をこっちに向かわせろ!なんとしてでもパリ前面から撤退する時間を稼ぐんだ!」
「……と、私が向こうの立場ならそう考える」
「塹壕を捨てて目標地点に急行する部隊は、三年式襲撃機の格好の獲物ですね」
「その通り。だから第1航空大隊第1中隊には、次の攻撃目標を第2軍との合流地点であるトロア周辺で探すように命じておいた」
日本軍第1軍司令官の大谷大将はドイツ側の作戦意図を読み、無防備な予備兵力を空襲する作戦に出る。参謀長の山田隆一少将は日露戦争時代に同じ第2軍で参謀として大谷の下に居たが、次々と相手の裏をかく戦法を繰り出す彼の戦術眼には常に舌を巻いていた。
「敵の対応は遅延し、その間に機動第1師団はトロアに至る、と……」
「そうなれば作戦第1段階は完璧に成功し、問題の第2段階に移る……ということだ」
そう語る"歩兵の神様"の表情は、日本軍が快進撃を続けているのにもかかわらず、決して明るいものではなかった。
「諸君!トロアにつくぞ!降車戦闘用意!」
「はっ!降車戦闘用意!」
分隊長が命令を発して少しすると、操縦手が建物の陰に車体をつけて停止した。
「降車!トロア市街地を制圧せよ!」
「降車ー!」
車体背面の装甲扉が開かれ、8名の歩兵が市街地へ向けて突撃していく。後続の車両たちも思い思いの場所で歩兵を降車させ、何とかトロアにたどり着けたドイツ軍の2個予備役歩兵旅団と激しい市街地戦を繰り広げる。
「……」
「……」
トロア市庁舎の会議室、ドイツ軍の1個分隊が突入してきた日本軍を待ち構えていた。
「銃声が近づいてくる……」
「これは……機関銃?奴ら、建物の中に機関銃を持ち込んでいるのか?」
「あんな重くて長いもの、建物の中で振り回せるわけないだろ。敵の数が多い。それだけさ」
部屋の中に重苦しい雰囲気が漂う中、彼らがじっと息をひそめていると、乱暴に扉が開かれ、4人の日本兵が突入してきた。ドイツ兵たちが発砲する前に二年式突撃銃が一斉にフルオートで火を噴き、10人のドイツ兵をあっという間にハチの巣にする。
「「「ぎゃあああああ!」」」
硝煙の薫る部屋の中で日本兵たちは、自分たちの引き起こした惨劇の前にしばし呆然としていた。
「……えげつない銃だな、これは」
「少なくとも俺はこいつで撃たれたくねえって今日10回くらい思ったね」
気を取り直して部屋の中のドイツ兵が全滅したことを確認すると、彼らは次の部屋の制圧へと向かっていく。いくら精強なドイツ軍と言えど、予備役兵2個旅団では、南北から挟撃してくる日本軍の最精鋭2個師団に勝てるわけがなかった。
こうして、ドイツ第1軍および第2軍司令部のおかれていたトロアは、この日の夜までに陥落。司令部要員は日本軍の突入前に何とか脱出したものの、一連の戦闘で3万人余りが死傷し、パリ-トロア間に展開していたドイツ軍8個師団16万人が包囲環に取り残されることとなった。一方日本軍は市街戦を行った機動第1、第2師団を中心に歩兵4000人と車両15両、着陸に失敗した襲撃機1機の損害を被っただけで済み、高砂作戦第1段階における戦略目標を完全に達成したのである。




