出草-1
活動報告でも書きましたが、多分しばらくの間1話1話が短くなると思います。
その日の攻勢も、ドイツ軍司令官たちは"万単位で人が死ぬだけ"で済むと考えていた。奴らが現れるまでは。
「報告いたします!連合軍がシャロン=アン=シャンパーニュ及びオーセールの郊外に猛烈な砲撃を加えております!攻撃の前兆かと!」
「だろうな。攻撃を受けている第1線は速やかに放棄。第2線以降に下がらせろ。馬鹿正直に砲弾を喰らってやる必要はない」
報告を受けたドイツ第1軍司令官マックス・フォン・ファベック大将は、特に何か思うところもなくそう指示した。
「学習しない連中だな。精神面の優位が物質的な優位を覆せるわけがないだろうに」
ドイツ第2軍司令官のフリッツ・フォン・ベロウ大将は心底呆れた様子である。彼らは3回にわたって(ジョフルの立案した)連合軍の反攻を跳ね返しており、今回もそうだろうと軽く考えていた。ドイツは東部戦線で150万人もの兵士を失ったが、ロシアにも110万人の損害を与え、さらにロシア軍がタンネンベルクの戦いで使用した浸透戦術に対抗できる防御戦術「弾性防御」を学び取ることができた。これまでの連合軍の攻撃がうまくいかなかったのは、ジョフルの無能以外にも原因があったのである。
「攻撃正面から察するに、我々のいるトロアを目標として南北から進撃し、パリ前面の我が軍を包囲殲滅するつもりだろう」
「そんなことができるとは思えないが……万が一敵が前線を突破し、トロアへ迫るようなことがあれば、速やかにプロバンを放棄してトロア以東まで撤退するだけだ……」
「我々は領土を失うが、向こうはそれ以上の人命を失う。もはやこの戦争は消耗戦に突入した。であれば、ただの占領地と勇敢な兵士の魂、どちらの方が価値があるかは明白だ」
この時点でドイツ側は日本側の攻撃意図を看破することに成功していた。しかし、当然ながらその方法まで読み切ることはできず、これが致命傷となった。
「……時間だ。擬装を取れ!全車前進せよ!」
機動第1師団師団長 秋山好古中将が叫ぶ。各所で三年式突撃車を物置小屋に見せかけるための偽装が取り払われ、4.0L強制掃気エンジン"A040A"が2スト特有の乾いた唸り声をあげた。
「なんだあれは!」
「鉄の塊が突っ込んでくる!」
「撃て撃て!奴らを止めるんだ!」
日本軍の攻撃正面に居たドイツ兵たちは手持ちの小銃や機関銃で反撃を試みる。しかし、彼らの手持ちの銃器で、三年式突撃車の装甲を貫通できるものは存在しなかった。それどころか、車体上面に据え付けられたポンポン砲によって薙ぎ払われる始末である。手榴弾を投げつけても、やはり効果はなかった。
「砲兵に支援を要請しろ!砲弾ならつぶせるかもしれん!」
「あたるんですか!?あんなすばしっこいのに!」
「やってみなきゃわからないだろう!」
前線から悲鳴のような支援要請が届き、ドイツ軍野砲陣地は機動第1師団に対して砲撃を開始する。鉄の箱の群れの中に次々と榴弾が着弾し、三年式突撃車といえど足回りにダメージを受けて擱座する車両が出た。
「ひるむな!今の砲撃で航空隊に野砲の位置がばれたはずだ!僚車にかまわず前進せよ!」
機動第1師団の小隊長が叫んだ通り、ドイツ軍砲兵は砲撃によって自らの位置を第1航空大隊に晒してしまっていた。
「ホトトギスが鳴いたな。皆思い思いの目標を攻撃している」
飛行隊長の徳川好敏少佐はそうぶつやいた。彼の周囲では45kg爆弾8発をぶら下げた三年式襲撃機が次々に急降下し、15cm砲の斉射に匹敵する爆撃を敢行している。
「どれ、私も何か手ごろな目標は……あれがよさそうだな」
徳川は1門の重砲らしきものを認めると、それに向かって機体を降下させた。ダイブブレーキを展開し、スロットルを絞って速度の増加を防ぐ。
「……ここだっ!」
爆弾を投下した瞬間、機体が急に浮き上がる。三年式襲撃機は積載量よりも機体本体の重量のほうが軽いため、爆撃前後で挙動が大きく変わってしまうのだ。徳川は素早くスロットルを全開にしてダイブブレーキをしまい、操縦桿を引いて機首を引き起こす。
「……いつやっても爆撃は慣れんな」
後ろを振り返ると、先ほど確認した重砲の周りで大きな爆発が立て続けに起こっている。周囲に集積された弾薬に誘爆しているらしい。
「長居は無用だな。爆弾を取りに戻るとしよう」
徳川は機首をシャロン=アン=シャンパーニュ郊外の臨時飛行場へ向け、帰路に就いた。