跳梁する狼
フタエノキワミ!キワーミー!
シッ!シズカニセイッ!
1914年10月上旬のこと。日露合同艦隊はそろそろ地中海を抜けて大西洋へ出ようとしていた。
「インペラートル・パーヴェル1世被雷!落伍していきます!」
見張り員の報告を聞いて後方を見てみると、ロシアの準弩級戦艦インペラートル・パーヴェル1世が徐々に艦隊から遅れ、傾斜していく。
「これで4回目……潜水艦とはかくも恐ろしいものだったのだな」
「いや、どう考えてもそうだろ常識的に考えて……」
日本遣欧艦隊司令長官 加藤友三郎中将のつぶやきに、参謀長の秋山真之少将は無遠慮な突っ込みを入れる。秋山の言動がいろいろおかしいのは今に始まったことじゃなかったし、それを補って余りある有能さから、もはや誰も気にしていなかった。
「そうは言うがな秋山、あの時のわが国で何かができたわけではあるまい?」
「残念ながらそのとおりなんだよなあ……海の中に潜ってしまっている船を見つけて、しかも沈めるんだぜ?予算がつかなくて買えなかったから、何か方法を思いついたとしても実験できないしよぉ。マジでクソだわ」
「なにより、日露戦争における通商破壊は巡洋艦によって行われていたんだ。国会でも相当叩かれた関係で、必然的に戦後の我が軍は防護巡洋艦を叩き潰し、装甲巡洋艦や戦艦からは遁走できる船を大量にそろえようとした」
「その結果出来上がったのが今そこで走っている利根型防護巡洋艦ってわけなんだが……対潜水艦についてはまるで考慮しちゃいねえ」
利根型防護巡洋艦
排水量:5000t
全長:148m
全幅:14m
機関:伊号艦本式重油石炭混焼缶16基+ブラウンカーチス式直結タービン2基2軸推進
最大出力:23000shp
最大速力:27.0ノット
航続距離:2600海里/12ノット
兵装
45口径152mm連装砲6基(砲架6基)
装甲
甲板:25mm(水平部)51mm(傾斜部)
主砲前盾:76mm
主砲側盾:25mm
主砲上面:25mm
司令塔:76mm(最厚部)
「12門の6インチ砲をすべて片舷に集中できるって言うのは立派だがな。ロシア軍のボガトィーリ級は門数こそ利根型と同等だが、片舷に指向できるのは8門だけ。砲戦火力は実に1.5倍だ」
「インド洋でドイツのエムデンとかいう防護巡洋艦がイキりちらしてたが、平戸の前には鎧袖一触だったしな」
エムデンはインド洋で通商破壊作戦を行い、商船の保険料にまで影響を与えていた。ちょうど通りかかった日本・ロシア合同艦隊は利根型巡洋艦4隻を分派してエムデン討伐を実施、この結果1914年9月22日に利根型防護巡洋艦平戸がマドラスを襲撃しようとしたエムデンに遭遇。砲撃開始から20分ほどでこれを撃沈している。平戸側は上部構造物や艦載艇に若干の被害を被った程度で済み、利根型の4隻は燃料と弾薬の補給を受けた後先発していた日露艦隊を追いかけて、イギリスの保護国となっているエジプトのアレクサンドリア港で合流を果たした。
「その自慢の6インチ砲も、潜水艦の前には何の役にも立たないというわけだ」
「今はあんまり大きな声で言えねえけどよ、ロシア太平洋艦隊は水上艦艇を主力として再建されてるんだぜ?俺たちもまずはそっちに対応することから始めるよな」
日本海海戦が起きていないことから、日本海軍の仮想敵国は今でもロシアである。そのロシアが巡洋艦と戦艦からなる艦隊を再構築していた以上、日本も巡洋艦による通商破壊と、戦艦による殴り込みを阻止することを主眼として研究開発や艦艇建造を行う必要があった。それゆえに、乏しい予算の中では潜水艦対策が行えず、こうしてオーストリア海軍の潜水艦の跳梁を許してしまっている。
「墺海軍の動きも不気味だ。無防備に横っ腹を曝しているのは我々も一緒なのに、彼らが狙うのはロシア海軍の艦艇ばかりだ」
「大方、我々とロシア海軍との間に疑心暗鬼を起こさせようってハラなんだろ。戦前関係のよかった我が国への攻撃では、乗員の士気が上がらないというのもあんだろうけどさ」
事実、地中海に入ってから、ロシア太平洋艦隊との連携が少しずつ乱れてきていた。このとき、太平洋艦隊司令部では、日本遣欧艦隊が自分たちの位置を中央同盟側に漏らしているのではないかと疑うものが出ており、意思決定に支障が生じている。
「統制射撃、潜水艦、航空機……我々はこの目まぐるしく変化する戦場を生き抜かねばならんのだな」
「適者生存ってやつだな。やっぱり昔の戦訓にすがっているだけじゃこうして世界に置いてかれちまう。そのためにゃ予算が必要だが、予算をつけてもらうにはやっぱり前の陸さんみたいに華々しく活躍しなきゃならねえ。はぁ~クソかよぉ~」
史実と違い欧州の荒波にもまれた海軍は、今この瞬間すら何物にも代えがたい経験を得ている。しかし、それを生かすためには色々なものが足りていなかった。
というわけで、この世界のエムデンはそんなに暴れられないまま沈んでしまいました。Tier2巡洋艦がTier4巡洋艦に出くわしたらまあそりゃそうなる……
日本海軍は巡洋艦に備えるだけでは艦船を護衛できないことに気づきました。ですが気づいただけでどうにかなるわけではないのが潜水艦です。対潜兵器開発の予算を得るため、日本遣欧艦隊は欧州の海で一花咲かせることができるのでしょうか……?