閑話:皇帝陛下は相当カッカしているようです
ルーデンドルフとブルクドルフって響きが似てるよね、というネタです
1914年10月、ドイツ帝国御前会議でのこと。陸軍参謀総長エーリッヒ・フォン・ファルケンハインは、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世に東部戦線の状況を説明していた。
「敵は広範囲にわたって我が方の防衛線を突破することに成功いたしました。南方ではリュブリニッツを奪取し、そのままオッペルンに向かって前進しております。エルビングとケーニヒスベルクの間でも攻勢をかけており、東部ではシュナイデミュール、ポーゼンの線に到達しております」
ロシア軍は東西プロイセンの半分以上を手中に収めつつあり、シュレジエンでも攻勢に出るなど、広範囲にわたってドイツ領内に侵攻している。この状況に対してヴィルヘルム2世は
「スロバキアからボロイェヴィッチが攻撃すれば、すべて解決するはずだ」
と言った。スヴェトザル・ボロイェヴィッチはオーストリア=ハンガリー第三軍の指揮官である。彼はスロバキアでロシア軍の攻勢を巧みにさばいており、位置的にも彼の方面から攻撃されれば、確かにロシア軍には痛打になるはずである。
「皇帝陛下……ボロイェヴィッチは……」
「ボロイェヴィッチの手元には反攻作戦に必要な戦力が残されていません。彼の反撃はロシア軍に阻止されました」
言いよどむファルケンハインに対し、ヒンデンブルクがボロイェヴィッチの攻撃失敗を告げた。実際のところ、ボロイェヴィッチは攻撃すらしていないのだが、そんなことをしてスロバキア戦線が崩壊すれば余計酷いことになるのはわかり切っていたため、ドイツ軍は初めからオーストリア=ハンガリー軍の援護には期待していない。だが、皇帝は違ったようだ。
「以下の者は部屋に残れ。ホフマン、ファルケンハイン、ヒンデンブルク、そしてルーデンドルフだ」
怒りに震える皇帝がそう告げると、名指しされなかったものはそそくさと退席する。
「朕は命令したのだぞ!オーストリア軍に攻撃を命令したのだ!」
拳骨を机に叩きつけながら、ヴィルヘルム2世が吠えた。
「いったいどこのだれが、朕の命令に反逆するなどという大それたことをしようというのだ!そこまでのことをしようというとは……軍は朕を欺いていたのだ!だれもが朕を騙していた。参謀本部までもだ!卑劣な、忠誠心のない、卑怯者の塊以下の将軍共なんざ大嫌いだ!」
狂乱する皇帝をルーデンドルフがたしなめる。
「陛下のために血を流している将兵をそのように言うのは……」
「うるせえ!大っ嫌いだ! 奴らは裏切り者だ! 腰抜けだ!」
ところが皇帝はなおも将軍たちを罵倒するのをやめない。これにはルーデンドルフも頭にきたらしく
「皇帝陛下、それはあんまりな侮辱です!」
とキレ返した。だが怒れるヴィルヘルム2世は意に介さない。
「将軍どもは帝国臣民のカスだ!畜生め!」
怒りのままに吠える皇帝は持っていた鉛筆を机に叩きつけた。
「やつらは将軍などと言って偉ぶっているが、ただ士官学校を出たというだけだ。そこで覚えたものと言ったら、ナイフとフォークの使い方だけ!そもそも軍部に限らず、我が臣下は長年にわたって朕の活動をひたすら妨害してきた。やつらときたら、朕の歩く道の真ん中に障害物を置くことしか考えていない!朕ももっと早く、お高く留まっている貴族どもを粛清しておくべきだった!ストルイピンのようにな!」
ヴィルヘルム2世の罵倒は軍部のみならず、政府構成員全体に及んだ。実際彼は自身の側近とよく衝突し、多くの宰相を更迭している。それを考えると、むしろ軍部は今までヴィルヘルム2世の意をよく汲んで動いていたのだが、だからこそ彼はシュリーフェン=モルトケプランを失敗させ、東部戦線では大敗北を喫した陸軍が許せないのであった。
「ゲルダ、落ち着いてちょうだい」
扉の外では、たまたま廊下でヴィルヘルム2世の罵声を聞いて泣き出してしまった女官をアウグステ・ヴィクトリア皇后が慰めている。壁越しにヴィルヘルム2世の恨み言を聞いている面々の多くはただのやつあたりだと正直辟易していたが、同時に自分たちがフランスにもロシアにも勝てないことがそもそもの原因であるともわかっているため、そのまま立ち去るのも、皇帝に愚痴られている4人に悪い気がしていた。
後に"皇帝の激怒"として知られるこの御前会議は、後世において一次大戦を題材とした映画でよく描かれる場面の1つとなった。激しく感情を上下させるヴィルヘルム2世を演じるのは至難の業であり、このシーンのためだけにヴィルヘルム2世役には大御所演技派俳優が起用されることもあったという。
und betrogen worden!から先は似つかわしくないなと思ってカットしました。ご了承ください。